0話
両手で携帯を操作しながら大便を踏ん張っている。
嫌な上司から悪態をつかれたのでクソでも捻り出してストレス解消というわけだ。
なぜ悪態を頂戴したのか。
面倒くさいけど誰かが必ずやらなければいけない仕事、というのはどんな会社でもある。
誰かがやらねばならんのだと、重い腰をあげて、自ら生贄になってやろうと、それをやるために上司に相談をしたのだ。
「自分で考えろ」
自 分 で 考 え ろ 。
はあ。
基本的に仕事は1人ではできないチームワークなのだ。
学校の部活動だってそうだ。
中学の時に所属していたバレーボール部だって誰かがレシーブをして、誰かがトスをしなければスパイクは打てないのだ。
それは部長という肩書に至るまでの間に、誰かが自分の代わりにレシーブをして、誰かのトスをもらっていることに気が付いているはずで、そんな役職についていながら「自分で考えろ」とか、まるで全て自分でやったきたと言わんばかりの、一人で産まれて一人で生きてきたかのような言い草だと思う。
そんなだから部下である俺がトイレにこもってクソをするフリをしながら、携帯でエロ画像スレを見ては現実逃避し、素晴らしい女の尻の画像が一枚、二枚と保存される度に残業代というコストが発生し、ひいては労働時間の割には成果が出ていない非生産的なチームだと上司がその更に上の上司である役員にどやされるのだ。
だから不親切にしたり怒ったり、誰かに何か悪意を持って接すると自分に返ってくる。
因果OhHoはこの世の理であるというのが俺の信条だ。
だから仕方なくオフィスに戻る。
このままトイレにこもって部長に迷惑をかけると、のちのち自分にツケがまわってくるのがわかっているからだ。
先を見据えて行動する。
これが、三十手前のスマートなオ・ト・ナだぜ……。
上司のデスクの前まで足早に、申し訳なさそうに近寄る。
「先ほどは考えがまとまらないまま相談をしてしまい申し訳ございませんでした。今回の案件について対応策を改めて、明日に提案させて頂けないでしょうか。明日の二時か四時からお時間はございますか?ミーティングの前までに目を通せるように、提案資料については事前にデータで共有させて頂きます」
お時間はございますか?と聞いておきながら上司のスケジュールはITベンチャーである我が社が使っているスケジュール管理ツールZoozleカレンダーでチェック済である。
予定が空いていることは確実だ。
「チッ...4時でいい」
何が不満なんでしょうか……。
舌打ちを頂きましたよ☆
そのうえ、面白くなさそうな顔で、フン...と鼻息を一つもらった。
了承ということのようだが俺の内心は穏やかではなく、今すぐに殴り飛ばしてやりたいのだが、この程度でいちいちキレてたらやっていけないのがOTONAなのである。
そして面倒くさいことは後回しにして、家に帰って晩酌をしてイライラしたことは忘れてまたストレスをために行く毎日。
会社に行く。
イライラする。
帰る。
酒飲む。
忘れる。
会社に行く。
イライラする。
帰る……。
そんな俺がこの世に絶望するのはごく至極当然のように思えた。
もちろん楽しいこともあったし苦痛から逃れる方法もあったはずだ。
だがどこに行っても大体同じ結果になることは明白なのだ。
この輪廻から逃れる術もなく、ただただひたすら疲れてしまい、新天地に飛び立つ意欲という翼も根本からぽっきり折れた。
死因は覚えていない。
なるべく痛くないように、痛くないように。
それだけを考えて、前の世界に降伏をしたのは覚えている。
圧倒的敗北。全面降伏である。
選択肢は誇りある高貴なる自害のみだ。
不思議とこの世界を見下ろす風景は覚えている。
これが走馬灯なのだろうか、とぼんやり考えていたことも覚えている。
徐々に地表から離れていき、青く丸い地表からただの点になる頃に意識が途切れた。