幕間 逃げられなかった皇帝 ノウェム編
だ、駄目だ。
時間が来ても書かないでいるとソワソワしてしまう体になってしまった……。
「ライエル様、お可哀想に……ミランダに騙されて」
「……おい止めろ。それ以上近付くんじゃない。誰か助けて!」
ライエルの執務室。
先日、ミランダに騙されてしまったライエル。
執務室の奥にあるライエルのプライベートルームとでも言うべき部屋は、頑丈に鍵がかけられていた。
今日は後宮に行きたくないと、夜になっても執務室で過ごそうとしていたライエルだったのだが、ノウェムがやってきた。
「大丈夫です。私はライエル様を騙すような事などいたしません。正々堂々と準備が出来たことを伝えに来ました!」
「女の子がそんな事を言ったら駄目だと思う! 俺、これでもまだ女の子に夢は見ていたんだ! 信じさせてくれ。俺にも幻想を――女の子の幻想を見せてくれよ! 騙されていたいんだ。真実なんか知りたくないんだ! 真実は……いつも俺たち男を傷つける!」
ミランダに後宮に誘われ、そのままいたしてしまったライエル。
昨日の今日で「こんなの、俺の求めていた形じゃない!」などと嘆いていた。ただし、ノウェムは笑顔で首を横に振っていた。
「ライエル様、もう理解しているのでしょう。知ってしまったら後戻りなど出来ません。さぁ、後宮へ戻りますよ。夢ならベッドの上でいくらでも見られますからね」
ノウェムが指を鳴らすと、そこにヴァルキリーズたちがなだれ込んできた。
「お、お前たち! どうしてノウェムに協力している。敵対していたじゃないか!」
ヴァルキリーズを代表し、一体のヴァルキリーが歩み出た。ピンク色のリボンをしている事から七十一号だと理解できる。
「……敵の敵は味方です。モニカというポンコツから、ご主人様を解放するためになら我々は鬼にでも悪魔にでもなりましょう」
ライエルは壁際に追い込まれると、味方を呼ぶ事にした。
「くっ! 仕方がない。ここはあいつを頼るしか……モニ――」
「呼んでもモニカさんは来ませんよ。既にバルドアに頼んでヴァルキリーズも協力させ確保しています」
ノウェムは先に厄介なモニカを対処していた。追い詰められるライエル。
「ま、待ってくれ! 俺、思うんだ――」
この場を何とか乗り切ろうとするライエルだったが、ヴァルキリーズに取り押さえられると担がれて後宮まで移動する事になる。
ノウェムは笑顔で。
「私の屋敷に到着するまでに、ライエル様のお話はちゃんとお聞きしますね。大丈夫です。既に料理の支度も、お風呂の用意も出来ていますから」
(に、逃げないと。なんとしても逃げないと!)
ライエルはヴァルキリーズに担ぎ上げられながら、もがいていた。ライエルを縛り上げているワイヤーは、どうやら特注のようで簡単に切れたりはしない。
「今日は疲れて――」
「だから私の屋敷で休むんですよ。大丈夫です。ライエル様は横になっているだけで十分ですから」
「そんなの男として嫌――」
「あら、なら頑張ってくださいね」
なにを言っても解放されない。それを理解したライエルは、抵抗を止めてダラリとする。途中、ライエルの状態を確認に来たバルドアとすれ違う。
ライエルはバルドアを見て、そして助けを求めた。
「おい、バルドア!」
「ライエル様、執務室の整理は私の方でやっておきます」
ライエルはその場から去って行くバルドアの背中を見ながら。
(くっ! あいつは俺個人よりも帝国の利益を追求したか。間違ってはいない。間違ってはいないけど……こうなれば、皇帝の権限で新しい相手を見繕って)
そう考えていると、ライエルは厳重に警戒されている場所に到着してしまう。
ヴァルキリー二体が守る門の向こうには、ライエルのための後宮。いや、皇帝のための後宮が用意されていた。
小さな街が、城の中にあるのだ。
それは異様な光景だろう。
「こんなものを作って。だから俺は反対したんだ!」
すると、ノウェムはキッパリと言う。
「必要な処置です。実際、ライエル様がいつまで経っても手を出さないからいけないんですよ。周りが心配しているのを理解されていますよね?」
「くっ! 言い返せない」
周りを見ればマクシムやダミアンという偏った連中しかおらず、バルドアでは冗談が通じず、結果的にモニカに頼ってしまうライエル。
ヘタレたところは今も昔も変わっていない。モニカに頼った時点で、周りが相当焦っているのは実感していた。
バルドアがソワソワしているのも、ライエルは気が付いていた。
(なんの準備もなく事に及ぶとか駄目じゃないか! だから、知識だけでも仕入れようとしたのが悪いのか! 俺が悪いのか!)
後宮に入ると、ライエルは周囲を見た。すると、一部にシートがかけられている建物があった。
(あれ、おかしいな? 後宮の方はもう完成していると報告を受けたけど、なにか工事をしているのか?)
まだ完成していないか、新たに建てている建物があったかと考え込んでいると、後宮の中で一番立派な屋敷に到着した。
正式な皇妃であるノウェムの屋敷は、特別に大きく作られている。序列もあるので屋敷の豪華さにも差が付けられていた。
ただ、一番小さな屋敷でも、ライエルにしてみれば十分な大きさである。
「……無駄に大きいよな」
すると、ヴァルキリーズがライエルを解放して地面へと下ろす。ノウェムはライエルに振り返った。
「では。ライエル様。ご飯にします、それともお風呂? それとも……」
ノウェムが頬を染めてそんな事を口にしているのに、ライエルは腕組みをして普通に答えた。
「お腹が空いたから食事がいいな。というか、もう準備が出来ているなら冷めると美味しくないだろうし」
ノウェムが微妙な顔をしていると、周りのヴァルキリーズが笑いを堪えてプルプルと震えている。
「で、では、屋敷の中へ入りましょう。準備は出来ていますから」
「城の中に屋敷、っていうか街? これ、やっぱり変な感じだよな。昼間とかは屋台とか店とかあるとか聞いたけど」
ライエルは後宮を改めて眺める。ノウェムの屋敷だけは、他の屋敷よりも高い場所に用意されているので、後宮を見渡せるのだ。
ノウェムは微笑みながら答える。
「本来ならここに入った女性――皇妃や側室は、理由なく外には出られませんからね。屋台は従者や侍女向けでもあります。お店などもそうですね。まぁ、小さな街を作り、そこで子供たちも色々と学べれば、と」
子供と聞いて、ライエルは将来的にここを自分の子供たちが走り回るのかと想像する。そう思うと凄い環境だ。
(……いや、いらんだろ。普通に外に出ればいいし。なんでこんなものを作ったんだ?)
「女性に限り、歌なども披露する場所もあります。少し前には、エヴァさんの知り合いがここで歌や劇を披露していましたよ。……ザインから来たという事で、聖騎士と聖女の恋物語が演目でしたけどね」
ライエルはノウェムの雰囲気が少し変わったのを理解して、早く屋敷に入ろうと急かした。そして、そこで待っていたのは――。
「なにこれ?」
「精のつく料理を用意しました。私も半分くらいは自分で作ったんです」
大きなテーブルに並べられた数々の料理は、精を付けるためのものでほとんどがコッテリしていた。
味も濃そうだった。ライエルは、見ているだけでお腹が一杯になりそうだった。何しろ、この後の事を考えれば、確実に期待されているわけだ。
「……い、頂きます」
「はい、召し上がれ」
笑顔のノウェムを前に、拒否など出来る訳もなく料理を食べるライエル。そんなライエルは、五代目の顔が浮んでいた。五代目が悟ったような顔で。
『頑張れ』
そう言っている気がした。
(五代目……ハーレム、って大変ですね。これなら、まだ冒険者時代の方が良かったよ)
二代目(;・∀・)「男の子は、いつだって夢を見ていたいものなんだ。だから、だから……ハーレムは、もっと夢があってフワフワしたお菓子みたいな甘い感じがないと駄目なんだ!」
三代目( ゜∀゜)「ハーレム物は夢を与えないと駄目だよね! ライエルが干からびないか心配だよw」