第九話「今日も無事に朝を迎えられたんだ」
『一週間後。また、随分と間を開けるな』
三次試験の内容が通達された。
内容は試合形式で、受験者同士を戦わせるというものだ。スカウト組み、試験突破組み――総勢、百八名が試合を行う。
試合回数は一回。その試合で、自分がハンターに相応しいと見せる必要があった。勝てばハンター試験を突破などとは言われていない。
モニカは渡された内容の書かれた紙を見ながら、何度か頷いていた。
「勝敗に関係なく、ハンターに相応しい実力を見せれば合格、ですか。勝つ必要はありませんが、実質的に例年通りなら合格者は多くても六十名前後。実質、勝敗が合否の判定に大きく関わりますね」
二人の話を聞きながら、ギルドから借りている部屋でベッドの上に座るレオは溜息を吐いていた。
「試合も大変ですけど、それより大丈夫なんでしょうか? 俺、あのギルドマスターがこのまま俺を見逃してくれるとは思えないんですけど」
ハルバに失格を取り消させたが、そのためにレオたちもハンターたちが起こした問題の証拠を渡していた。しかも、本当に持っていた予備のディスクまで全て渡してしまったのだ。
ライエルはレオの心配に対して、断言する。
『安心しろ。間違いなくなにか仕掛けてくるし、何か企んでいる。あの時は慌てていたようだが、相手は組織のトップになった奴だからな。まぁ、こっちも手は打ちたいんだが……なんと言うことだ! 持っていた証拠を失い。しかも今後は家を襲撃された件で訴えられなくなってしまった! ピンチだ。ピンチだぞ、モニカ』
わざとらしいライエルの声。
レオは急に芝居がかるモニカを見た。
「よよよ、このモニカがしっかりしていれば、あんな事には……これはピンチですね、チキン野郎」
レオは思う。
(嘘吐け!)
一ヶ月近くも一緒にいれば、本当に焦っていないのはレオには分かる。それに、二人は余裕がありそうだった。
ライエルは飽きたのか芝居を止めると、レオの言うのだ。
『まぁ、その辺りは手を打っているし、別に痛くも痒くもない。俺は確かにあの場にあるディスクは全て渡すと言った。言ったが……手元にないディスクのことまで責任を持つとは言わなかった』
「それ、嘘なんじゃ――」
『ハハハ、俺は嘘を滅多に吐かない。ただ、手元にないディスクがある、と言わなかっただけだ。覚えておけ、レオ……あっちが勘違いをしたんだ。まぁ、あの件で訴えないと約束もしたし、そこは守ろう。そこは、ね』
モニカは嬉しそうにしている。
「流石チキン野郎。このモニカ、そんなセコイところも大好きです。ですが、上手く行きますかね? 正直、可能性は低いと思いますが」
すると、ライエルは真剣な声を出す。
『その時は……潰すだけだ』
怖いことを言うライエルだが、声色を変えた。
『さて、では残り一週間で、レオには戦えるようになって貰おうか。実際、俺のスキルと二代目のオールだけだと苦戦する可能性がある。あのギルドマスターが考えそうなことは、レオが勝てない相手をぶつける、もしくは最終的に相応しくないという判断を下す、ってくらいか? ナナヤに連絡が取れるといいんだけどな』
素で不正を行おうとするライエルの言葉を聞いて、レオは複雑な気持ちだった。ナナヤという職員から情報を得る。合理的だが、明らかに不正である。
「あの、そのナナヤ、って人もオートマトンなんですよね? でも、人にソックリなオートマトンがいるなんて聞いたことがありませんよ」
すると、モニカがレオに説明する。
「当然です。我々を開発するのは、現代の技術レベルでも不可能です。コアの部分を開発する技術がありません。今動いているオートマトンの多くは、我々を劣化コピーした商品でしかありません」
モニカたちには遠く及ばないオートマトンたち。それに、人型ではない物が主流だった。
「まぁ、稼働している我々も定期的に整備を受けていますよ。ダミアンラボ――我々はそこで整備や補給を受けられます。レオ様も、一度は顔を出しましょうか」
ライエルが驚いた声を出した。
『ダミアンラボ? もしかして、あの三体もまだ動いているのか? はぁ、二千年後の世界とか色々と新鮮だけど、懐かしい名前とか聞くと俺の時代と繋がっているんだと実感するよ。おっと、話が逸れたな。さて、レオ……この一週間、最大限に利用するぞ』
「は、はい!」
レオは試合までの一週間で、更に鍛えられることが決まった。
「うぅぅ、体が痛い」
ギルドが用意した宿舎の廊下で、レオは肩にタオルをかけて歩いていた。
筋肉痛が酷い。基礎的なトレーニングもしながら、現実世界ではモニカに鍛えられていた。宝玉内ではライエルにスキルの扱いを教えられているが、一日がとても長く感じている。
モニカは部屋に戻って食事の用意をしている。レオは少し休んでから部屋に戻ることにしていたのだ。
すると、スーツ姿の女性――ナナヤから、声がかかった。振り返ると、レオは体の痛みを感じるが、それ以上に少し緊張してしまう。
(この人がオートマトン……そうは見えないよ)
仕事の出来る女性。そういう印象がナナヤにはあった。ナナヤは笑顔をレオに向けていた。軽く拍手もしている。
「レオ君、合格おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「少々ゴタゴタしていたけれど、無事に失格は取り消せたわね。まぁ、心配はしていなかったけれど」
ナナヤの視線が宝玉に向かっていた。宝玉からは、ライエルの声がする。
『ラインが完全に切断されているな。まぁ、モニカみたいに俺だけに仕えていた訳じゃないなら、こんなものか』
ライエルの声は、ナナヤに聞こえていないようだ。ただ、興味深そうにナナヤは宝玉を見ていた。
どうやら、宝玉が力を取り戻したのを確信しているようだった。
「レオ君は声が聞こえるかしら? 聞こえるわよね。あのモニカがレオ君に従っているんだから」
レオは、どう答えるか悩むと、ナナヤに聞いてみるのだった。モニカが言っていたのだ。私は嫌われている、と。
「あの、一つ聞いていいですか?」
『あ、レオ。次の対戦相手の情報を――』
「モニカさんのことなんですけど」
すると、笑顔だったナナヤの表情が少し怖いものになった。レオが驚いて一歩下がると、ナナヤは困った表情をする。
「怖がらせたわね。ごめんなさい。そうね、言っておくべきね。……モニカは私たちを、そしてご主人様であるライエル様を裏切ったのよ。だから帝国は滅んだ。聞いていなかったのかしら? レオ君も裏切られないように気を付けなさい。それと、もしもモニカの代りが欲しいなら言って。すぐにでも貴方のところに駆けつける姉妹は多いわよ」
ナナヤはそう言って歩き去って行く。ライエルの方は「え、情報は? ねぇ、相手の情報を聞こうよ!」などと言っていた。
レオは唖然としつつ。
「モニカさんが裏切り者?」
自分に優しいモニカが、ナナヤにキッパリと裏切り者と言われて困惑するレオだった。
夜。
宝玉内で、レオは剣を持っていた。
両刃の片手剣程度の剣を両手で持って構え、ライエルと向き合っている。ライエルの方は、左手に小枝を持って右腕は使わないつもりなのか、後ろに回していた。
ニヤニヤしているライエルに、レオが斬りかかる。
「やぁぁぁ!!」
『足下がお留守です』
レオに足をかけて転ばせると、四十センチもない細い小枝でライエルはレオの腕を叩く。
レオの腕に赤く細い跡が出来た。
「痛っ!」
宝玉内。実際に斬られても死ぬことはないが、ライエルはレオを相手に本気を出していなかった。
『ちゃんと教えただろ。剣術の稽古じゃないの。試合形式だ、って』
立ち上がってレオが剣を構えた。
「でも、足をかけるとか、目つぶしとか流石に卑怯というか……それ、本当にハンターらしい戦い方なんですか?」
ライエルはレオの意見を聞いて、お行儀が良すぎると思った。
『俺も歴代当主からこんなふうに見られていたのかな? はぁ、いいか、レオ。戦う、って言うのは剣術や技術を比べる事じゃない。相手に勝つことだ。しかも、お前は魔具を扱えない。そのハンデを埋める必要がある。綺麗事など言っている暇はない。綺麗に勝つだけの技量もない』
「でも、卑怯な戦い方をして、ハンターに相応しくないと思われたら……」
それを聞いて、ライエルは鼻で笑った。
『戦場で、卑怯とは褒め言葉だ。命懸けの仕事をするハンターが、そんな事を言うなら俺は軽蔑するね。それに、試合前に相手に毒を盛るとか、武器に細工をするとかしないなら問題ないだろうに』
(なんでこの人はそんな手段がすぐに思いつくんだろう?)
レオは、ライエルの方を見る。
『なんだ?』
「あ、あの……ナナヤさんの言った事、って」
『あぁ、アレか。別に気にしなくていいぞ。モニカは裏切っていないし、帝国が滅んだのもモニカの裏切りのせいじゃない』
ライエルは小枝を指先で遊ばせ、クルクルと回し始めた。そして、少し悲しそうな顔をするのだった。
『モニカも律儀だな。俺の命令を守ろうと、他の奴らを敵に回して……まぁ、だからこそ、モニカに俺が頼んだんだけどな。そっか、モニカの奴は他に説明しなかったのか。それが正解だったかも知れないな』
「自分の国を滅ぼすのを、ですか? どうしてそんな事を」
ライエルはレオを見ると、アゴに手を当てた。そして、少しだけ考えてから、そのまま話を続けるのだった。
『別に滅ぼそうと思っていた訳じゃない。けどな、世の中……永遠なんてないんだよ。俺の国も同じだ。最後はきっと酷い終わり方をしたのかも知れないな。だけど、それでいいんだ。下手にモニカやヴァルキリーズ……あぁ、ナナヤたちの事ね。あいつらが関わると、それこそ一千年以上は国が続いたかも知れない』
レオはそんなライエルの言葉に疑問を抱いた。
「それは駄目なんですか? モニカさんたちはオートマトンで、悪い事をするとは思えないんですけど」
『モニカたちに頼らないと国が治まらないなら、そんな国は滅んでいいよ。道具を使うのと、使われるのは違うんだよ。それに、滅んだから今の世界がある。良いか悪いかは俺には判断できないけどね』
レオが首を傾げていた。ライエルは苦笑いをしながらレオを見ている。
『まぁ、人間も国も同じだ。いつか時代に合わなくなる。代替わりや変化は必要なんだよ。でも、モニカもヴァルキリーズも、下手をすると現状維持を最優先にしかねない。俺の残した国を永遠に残そうとするかも知れない。俺はね……それが嫌だったんだ』
朝。
レオがベッドの上で目を覚ますと、モニカは既に朝食の用意をしていた。
「台所がない上に狭いとは……食堂のメニューでは、レオ様にあったバランスではありませんし、ここはこのモニカが簡易キッチンで手料理を――」
簡易キッチンというレベルではない台所が、狭い部屋の大半を占領していた。朝から用意されているのは、レオのための朝食だった。
「おや、起きましたか、レオ様」
「いや、朝からこんなに騒がしいと起きるよ、モニカさん」
すると、宝玉内のライエルの様子がおかしい。
『こうさ……朝から台所で包丁とまな板が織りなす音が聞こえると、嬉しいよな。今日も無事に朝を迎えられたんだ、って実感するよな』
何故かレオには、ライエルが遠くを見ているような感じがした。宝玉内で、きっと遠い目をしているのだろう、と。
「何があったんですか?」
レオが不用意な質問をすると、モニカが首を横に振るのだった。
「聞いてはなりません。レオ様は、まだ女性に幻想を抱いていていいのです。夢を見ていいのです。いつか覚めると分かっていても、今だけは……このモニカ、レオ様に夢を与えます! チキン野郎のようにはさせません!」
急に泣き出すモニカと、宝玉内からブツブツとライエルの声が聞こえてきた。
『アリアの普通な朝食とか、ヴェラの俺を気遣った朝食は良かったなぁ。シャノンは……子供たちに起こされるまで俺と寝ていたし。起こしに来るのが子供たち、って……あいつ、本当に駄目だったよ。でも、朝からスタミナ重視の朝食とか出されても困る、っての。なんだよ、朝からパーティーかよ、って量をなんで作る。肉料理とか朝から出されても困るんだよ。もたれるんだよ。あいつら実は俺を殺したかったんじゃないのか? やつれているからしっかり食べてください? 誰のせいだと思ってんだよ! 絶対に嘘だよ。世継ぎが足りないとか絶対に嘘! だって百人超えたよ! 孫とか名前覚えられないよ。顔と名前が一致しないよ!』
宝玉から聞こえてくるライエルの声を聞きながら、レオはモニカの顔を見た。本当に泣いているモニカは、口元を手で押さえていた。
「チ、チキン野郎は頑張って……でも、立派な駄目ヒヨコ様はいなくて……毎日、やつれていて……モニカは……モニカは見ていることしか……あ、用意が出来ましたよ、レオ様。顔を洗ってきてください」
途中から普段の表情に戻ったモニカ。
(皇帝とか、きっと大変なんだろうな)
『嫡男が成人したら解放されると思ったのに! 思ったのに!』
レオ(;゜д゜)「あの、皇帝とか女性に囲まれて豪華な暮らしをしているイメージが……」
ライエル(´;ω;`)「俺は冒険者時代の方が楽しかったよ」




