第六話「ガンガン失敗して笑わせるように」
どこまでも広がる空。
そして、木々が集まり森となり、川は澄んだ水が流れていた。
コロニーの劣悪な環境とは違う自然の景色。それに、自然の光がこんなにも眩しく、肌を刺すような熱を持っているとは思わなかった。
レオは、太陽に手を伸ばして喜んでいた。
「これが外の世界。なんか、空気まで違うみたいです」
そんな感動をしているレオに対して、ライエルは困った様子だ。ライエルからすればこれが普通。いや、むしろ過去よりも自然が豊かだ。豊かすぎだ。
『森を切り開いてかつては人の住む場所を確保したのに、こんなに自然が豊かだと開発とか苦労するだろうな。というか、空気が違うというよりあそこはなんか淀んでいるから。まるで本物の迷宮みたいだよな、コロニー、ってさ』
モニカはライエルに呆れていた。
「レオ様の感動に水を差して。ですが、それでこそチキン野郎です」
コロニーを迷宮扱いするライエル。
試験開始からドームを飛び出し、ポイントに向かって移動を開始した受験者たち。レオも急いで移動を開始したが、モニカの提案で今は木陰に入って休んでいた。
レオはモニカを見る。
「それより、こんなところで休憩していていいのかな? 五十キロなら、無理をすれば一日でも」
一日でもコロニーに戻ることが出来る。そう言おうとしたレオに、ライエルは説明するのだった。
『舗装されていない道がどれだけ歩きにくいと思っているんだ? それに、これだけ一斉に動き出せば魔物だって動く。いいか、今のお前の第一条件はハンターになる事じゃない。まずは生き残る事だ』
生き残った上でハンターを目指す。ハンターになるために命を落としては意味がない、とライエルはレオに言うのだ。
『それに適度な休憩は集中力の確保に必要だ。水分補給も小まめにしておくんだぞ。お前、外に出たのは初めてだろ。肌が白いし、日焼け対策もしないとな』
モニカは「お任せを」などと言ってクリームを取り出した。レオは「あ、今朝体に塗られた奴」という。
「このモニカ、レオ様の肌の管理も万全です。紫外線対策にも手を抜かない。それが完璧メイドであるこのモニカ! さぁ、もっと褒めなさい!」
「凄いよ、モニカさん!」
純粋な瞳でモニカを褒め称えるレオだが、本人はいまいちなにが凄いのか理解していない気がした。ただ、モニカにしてみれば、ここは叱るか無視されるべき場面だ。本当に褒められると困ってしまう。
「……これ、恥ずかしいですね。チキン野郎ならここで無視をするか、流すか叩いてくれるのに。はぁ、あの愛ある鞭が懐かしい」
『お前は何千年経っても変わらないよな。壊れている状態が普通とかおかしいだろ。真っ先に頭の方を直して貰えよ』
宝玉内から聞こえたライエルの声に、頬を染めて喜ぶモニカ。
「そう、これですよ、これ! この罵倒が聞きたかった!」
レオはモニカとライエルのやり取りを聞いて、これが本当に正しいのか首を傾げたくなった。
移動を再開するレオとモニカ。
だが、走ることはなかった。いや、走れなかった。長い年月を放置された外の世界は、人が手入れなどしていない世界だ。雑草はレオの腰から胸辺りまで伸びている。木々の枝が歩くのを邪魔する。
足下もぬかるんでいることもあれば、石があって転びそうにもなった。とてもではないが、走れる状況ではなかったのだ。
先を急ぎたいレオだったが、ライエルの指示で歩かされている。しかし、コロニー内で生活をしてきたレオにしてみれば、歩くだけでも大変だった。体は鍛えてきたが、それでも慣れない環境に疲れが見え始める。
モニカはそんなレオの後ろを歩いている。手伝いをしていないのではなく、レオに経験を積ませているのだ。
モニカは、レオが持っている鉈を見ながら。
「レオ様、鉈を振るときも基礎を思いだしてください。無理やり振るうのは駄目ですよ」
「わ、分かって――おわっ!」
レオが振り返った時に足をぬかるみに滑らせ、レオが倒れてしまった。それを見てライエルが笑う。
『アハハハ、泥だらけだな、レオ。よし、休憩に入るか』
立ち上がったレオは、泥だらけだった。
「本当にこれで無事に百位以内に入れるんですか?」
不安のあるレオに、ライエルは「落ち着けよ」と言ってから心配しないように言うのだった。
『不安なのも分かるけどな。まぁ、俺から言わせるとここから先は地獄だぞ。受験者の面子を見ていたが、優秀な奴らはスカウトされているんだろ? あの中に何人がこんな状況で戦えて無事にたどり着けるか……まぁ、それよりしっかり休んでおけ。この先、嫌なものも見るだろうからな』
ライエルの言葉に、首を傾げたレオだった。ライエルの言う嫌なものというのが、理解できていなかったのだ。
休憩を適度に取りつつ、レオがようやくたどり着いた『Cポイント』の受付。
そこにはハンターと職員が待っていた。
「受験者だね。地図を出してくれるかな」
職員に地図を渡すと、スタンプを押してくれた。これでCポイントを通過した証明になるようだ。そして、職員はレオの名前を控える。
レオがお礼を言って先を急ごうと歩き出すと、ハンターと職員の声が聞こえてきた。
「受験者も大半が通過したな」
「これ以上は数人が来て終わりかも知れませんね。後で確認をお願いできますか?」
そう言った会話を聞きながら、レオは思う。
(やっぱり、俺は後ろの方なんだ。こんなに休憩を挟んでいいのかな? もっと先を急いだ方が……)
気持ちが先走るレオは、注意力も散漫になりつつあった。そんな様子をモニカもライエルも、時々声をかけながら見守っていた。
ライエルなど。茶化すように言うのだ。
『こういう気持ちは理解できるな。俺もそういう時があったから』
「ほう、チキン野郎にも、ですか? まぁ、会ったばかりの頃は本当にチキン野郎でしたからね」
『馬鹿。あの時はまだマシになった方だぞ。家を追い出される前とか、毎日焦燥感というか、強くならないと! って感じで気持ちだけ先走っていたからな。でもさ、後から思えばもっと見るべきものもあったし、他の事も知っておけば世間知らずと馬鹿にされなかっただろうな、って思うわけよ』
ライエルとモニカの話を聞いても、今のレオは反応できなかった。この一ヶ月、体を鍛えていたのに歩くのも辛い。
そして、息を切らして足を止めると、体から汗が滝のように流れていた。そして、地面を見るレオは――。
「ウワァァァ!!」
叫んで飛び退き、尻餅をついた。
モニカがレオに近付くと、レオが驚いたものを見る。
――死体だった。死体を見て驚いたのだ。
「……足を怪我していますね。無理をして怪我をしたところで、魔物に襲われたのでしょう。途中で退治されたようですが」
近くには魔石と素材をはぎ取られた魔物の死体もあった。レオは、呼吸を酷く乱しながら、モニカにすがりつく。
「な、なんで! だってハンターがまも、守ってくれる、って!」
レオが酷く混乱しているようだったので、ライエルは冷静に告げた。
『ま、現実なんてこんなものだ。それに、職員も言っていただろうが。二次試験は過酷だ、って。これだけの広い場所をハンターがどれだけいるか分からないが、全てカバーできるわけがない。ここから先、死体なんてそこら中に転がっているかもな』
レオが死体を見て胃の中の物を吐き出した。モニカはそんなレオの背中をさすり、水とタオルを用意する。
ライエルは死体になれていないレオを見て、確信するのだった。
『死体になれていないのが、良いのか悪いのか。まぁ、これから先は人を手にかける事もあるかも知れないが、今はゆっくりならしていくか』
急激な変化にレオが耐えられないのも無理はないと思っているライエルは、出来るだけレオが負担に耐えられない状況を回避することを考えるのだった。
夜。
モニカに用意された簡易テントの中で、レオは毛布に包まっていた。
口数は少なく、食事もあまり食べていない。
モニカは外で警戒をしており、テント内にはいなかった。
『なんだ、もうハンターになるのを諦めたのか? まぁ、今から引き返しても俺はいいと思うぞ』
レオは宝玉を握りしめていた。
「……分かっていたはずなんです。死ぬことも多い職業だ、って。でも、実際に自分の目で見ると」
ライエルはそんなレオに優しい声をかける。
『だな。俺も最初は辛かった。それに、俺に色々と教えてくれた人たちが言っていたよ。その気持ちを忘れるな、ってね』
「俺、結局なにも出来なくて……言われた事もまともに……」
泣き出すレオ。
ライエルは、ここで突き放すことをしなかった。
『今は言われた事を確実にこなせ。いいか、今は、だ。自分の考えを持つなとは言わない。だけどな、今のお前は基礎が圧倒的に足りない。いつか、自分で考えて自分で行動するために、今は学べ。そして失敗しろ』
「失敗ですか? でも、そんな事をしたら――」
『馬鹿。俺とモニカがいるんだぞ。フォローはしてやる。だから、今は失敗してもいいんだよ。良かったな、恵まれているぞ。この死んでもおかしくない試験で、お前は色々と学ぶことが出来る』
レオは力なく笑うのだった。
「それ、なんか卑怯ですね。他の人たちが聞いたらなんて言うか」
『……世の中、平等なんてものはない。全員が生まれた時からスタート位置が違う。金持ちもいれば貧乏な奴もいる。お前は俺とモニカのサポートが受けられる立場だっただけだ。別に違反をしている訳でもない。魔具の持ち込みは自由だからな』
生まれた時から差がついている。
これはどうしようもない事実だった。
レオの一族が宝玉を受け継いで魔具への適正を失ってしまったように。
『お前は俺とモニカを最大限利用して夢を叶えろ。いいか、言っておくがこれから先、俺たちのフォローなんか目じゃない連中だって出てくるかも知れない。毎回そうやって卑怯だとか、自分の力じゃないとか言って悩むなよ。自分が使えるものはしっかり使え。お前の目標を忘れるな』
ライエルの言葉に、レオは静かに頷くのだった。そして、ライエルがここで声色を柔らかいものにする。
『まぁ、失敗してくれた方が俺もモニカも面白いからな。ガンガン失敗して笑わせるように』
レオは無表情になった。
「……なんで最後にそうやって本音を言うんですか? 途中まで格好良かったのに」
次の日は適度に休憩を入れつつ、コロニーを目指して歩み続けた。
体の方は足の裏は痛いし、筋肉痛で一歩を踏み出すのも辛い。だが、先に進まなければハンターになれない。そう思って歩くレオ。
そんなレオの前に、中型犬ほどの大きさの兎が飛び出して来た。角が生え、赤い瞳は鋭くレオを睨み付けていた。兎なのに牙を生やし、レオに向かって威嚇をしてくる。
「キ、キラーラビット!」
レオが慌てていると、モニカは感心した様子だった。
「なんというタイミングでしょうか。レオ様、ここはサクッ、っと倒して経験を積んでおきましょう。実戦相手には物足りませんが、ここで経験しておくのは大事ですよ」
手に持った鉈を握りしめるレオは、静かに頷いた。
宝玉からはライエルの声もする。
『だな。スキルの練習にもなるし、やっぱり実戦の方が良い経験になる。良かったな、レオ』
なにが良いのか理解できないレオだが、初めての魔物との戦いだ。握った鉈でキラーラビットを倒すイメージを思い浮かべる。だが、歩き続けていた事で汗だくだ。鉈を持つ手が滑る。
緊張して更に汗をかいているようだ。
「い、行くぞ!」
一歩踏み出したレオ。だが、すぐに右を向く。そこから、キラーラビットに向かって何かが放たれた。銃声だと気が付いたのは、少ししてからだった。
モニカは動かずに状況を見ていた。
草むらから出て来たのは、ハンターたちだ。レオが助かったと持っていると、ライエルがレオに言う。
『おい、気を抜くなよ。こいつら前にお前の家を襲撃した連中じゃないか?』
レオが思い出したように相手を見た。ヘルメットをかぶっているのでモヒカン姿ではなかった。だが、見えている顔の部分に入れ墨があって思いだした。
すぐに構えると、相手がヘルメットを脱ぐ。
「見つけたぞ、ガキ。お前のせいで俺たちが上から文句を言われたじゃねーか。しかもハンターになるだぁ? そんなの許すわけがねーだろうが」
ハンターの数は五人だった。全員が手に魔具を持っている。
モヒカンのハンターが、レオに向かって銃口を向けた。
「てめぇのせいでこっちは魔具を買い換えて借金まで作ったんだ。絶対に許さないからな。それに、上からはお前を消すように言われた。心置きなくやっていい、ってよ」
「そ、そんな」
ギルドを敵に回した事で、こんな事態になってしまった。レオは、一気に不安になってくる。
「おめぇみたいな馬鹿なガキは、ここで死んどけ」
モヒカンのハンターが、引き金を引いた。
ライエル。・゜・(ノ∀`)・゜・。「なんという事だ! ハンターギルドはここまで腐っていたのか! 許さない。絶対に許さないぞ! それはそうと……くそぉ、レオが心配だよ~www」
モニカ。・゜・(ノД`)・゜・。「よよよ、モニカはレオ様が勝利することを信じて見守っておりますぅ。大事に記録も残して起きますぅ」
レオ(; ・`ω・´)「おい……おい! 手伝って! 手伝ってよ!」