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三嶋与夢のメモ帳  作者: 三嶋 与夢
せぶんす・あふたー
17/63

第五話「はぁ、プリン食べたい」

 ハンター試験の当日。


 レオは緊張していた。なにしろ、この一ヶ月……本当に基礎的な事しかやっていないのだ。体力はついた。基礎は教えられた。魔法に関しては……ファイヤーバレットという基礎の基礎を二発だけなら撃てるようになった。


 一日で二発。これを守らなければ倒れてしまうという状態だが、使えるようにはなった。ただし、実戦レベルではない。発動するまで時間がかかる。しかも威力も低ければ当てることもまだ難しい。


 実戦で使えるレベルではない。その上――ライエルから教えて貰ったスキルは二つだけだ。ライエルの【エクスペリエンス】ともう一つのスキルだけで、試験を突破する事になる。


 それがたまらなく不安だった。


 そして、緊張した人たちが集まるハンターギルドのロビーでは、レオに視線が集まっていた。


「レオ様、今日は紅茶を煎れてみました。焼き菓子もどうぞ」


 会場で皆が立って試験開始を待っている中で、レオは椅子に座っていた。白い丸いテーブルの上には紅茶と焼き菓子。レオは首を横に振る。


 緊張して言われるままにモニカの言うとおりに動いたが、ハッとして気が付くと明らかに場にそぐわない。しかも目立っていた。


「違う、これは何かが違うよ、モニカさん!」


 モニカもハッとした様子だ。両手を口元に持っていき口元を隠すと、慌てて謝罪をする。


「申し訳ございません。……ケーキの方がお好みでしたか。苺とチョコならどちらがお好みで?」


 そんなモニカの反応に、ライエルは怒った。


『いや、ここはチーズケーキだろ。あぁ、なんだか食べたくなってきた。腹は減らないけど。はぁ、プリン食べたい』


 宝玉内の記憶である今のライエルに、食欲などなかった。しかし、何かを食べたいという気持ちはあるようだ。


(どっちも違うよ! 周りを見て! なんだか凄く睨まれているから!)


「いや、あの……こんな場所でお茶とかおかしいというか」


 すると、モニカは真顔で言い返してきた。


「このモニカ、例え危険地帯でもフルコースをご用意するのが使命だと思っております。それに、緊張していたご様子。ここはモニカの煎れた紅茶で和んで貰おうと思ったのですが……お気に召しませんでしたか?」


「いや、美味しいよ。美味しいけどなんか違うよ! 水筒とかでもいいじゃない!」


 モニカは不敵な笑みを浮かべると、レオに言うのだ。


「私のプライドが許しません」


 ライエルは笑っていた。


『少しは落ち着けよ、レオ。試験開始までまだ時間はある。あ、トイレとか済ませた?』


 落ち着いているライエルは、まるで他人事のような態度だ。


 小声でレオが言う。


「人ごとみたいに言わないでくださいよ。この一ヶ月、色々と頑張ってきましたけど、たいして強くなった実感なんかありませんし」


 ライエルは楽しそうに言うのだ。


『そう簡単に強くなるかよ。まぁ、元が弱かったのもあるから、一ヶ月前よりは確実に強くなっているから安心しろ。ハッタリ用の魔法も使えるし、スキルは二つも教えただろ』


「二つだけ、とも言えますけどね。二十四個もあって二つだけとか……」


 ライエルは不満そうな声を出す。これまでやってきた事を振り返りながら、レオの意識を改めさせようとしていた。


『馬鹿。二つ“しか”じゃない。二つ“も”使えるんだ。今のお前は以前よりも取れる手段――選択肢が増えた。それは強くなった、って事だ。それに、一応は武器の扱いも教えたし、体術の基礎も教えたぞ』


 レオは思い出す。一ヶ月でしてきた武器の扱いは、基本的な剣の扱いだ。両刃で片手でも持てる剣の基礎的な使いを教わり、体術に関しては基本的な構えと殴り方、蹴り方、そして受け身を教わった。だが、基本的な、だ。


 一ヶ月。確かに出来る事をやってきた。


「これなら、もっと時間を増やしてスキルなり、戦い方を教えて貰った方が――」


 すると、モニカが即答で却下する。


「駄目です。今のレオ様は大事な成長期。無理をしすぎるのもいけません。それに、しっかり休むことも大事です。ついでに言えば、戦い方なら問題ありません。頼りない雰囲気を出しているチキン野郎ですが、間違いなく大陸制覇を成し遂げた覇者ですので」


『もっと褒めて良いのよ。こう見えても戦い方には自信があります。冒険者から這い上がって皇帝になった男だからね』


 今までの言動を思い出すレオは思った。


(不安しかない)


 すると、会場内にスピーカーから受験者に向けた放送が開始された。モニカがお茶のセットを片付け始め、レオは放送に耳を傾ける。


「受験者の皆様。準備が整いましたのでハンターギルド正門前に止めてあるバスにお乗りください。これより、一次試験と二次試験の会場に向かいます」


 ハンターギルドの正門には、装甲が追加されタイヤの大きなバス――ポーターが五台も並んでいた。


 レオはソレを見て、映像でしか見た事ない乗り物に少し興奮する。


「あれ、コロニーの外に出られるポーターだよね? 俺、実物は初めて見たよ」


 コロニーの外に出るために作られたポーターで、装甲が分厚く並の攻撃ではビクともしない。


 モニカは溜息を吐く。


「頭部がない、というのが分かっていませんね。まぁ、乗り心地は悪くありませんでしたよ。悪路を走っている割には、という前置きはつきますが」


 ポーターに乗るために玄関前に行く受験者たち。だが、玄関先では揉めている少年たちがいた。


「なんで受けられないんだよ!」


 ギルドの職員が困った顔で説明をしている。


「だから、受験するには二週間前までに書類の提出が義務なんだ。今年は終わり。来年にでも受験してくれ」


 そんな様子を見て、レオは思った。


(俺もあんなふうになっていた可能性があるんだよな。いや、なっていたな)


 こうして、受験生たちは大型バスのようなポーターに乗ってコロニーの外に出るのだった。






 一次試験。


 それはギルドの職員が言っていた通りだった。


 筆記試験に体力試験。そして、健康診断を受けさせられただけだ。ここで落ちる事になった受験者は、全体の二割にも満たない。


 逆に言えば、簡単な健康診断で二割近くが落ちた、という結果なのだが。ギルドの職員が、不合格となった者たちをポーターに乗せた。そして、二次試験に進む受験者に告げた。


「それでは、これより二次試験の説明を行ないます。この会場は通常ですと、ハンターの一時的な休憩所となっています」


 ドーム型の施設で、外には壁が作られ簡易拠点になっている。ハンターたちがコロニーの外で利用する施設だ。それを試験も行えるようにしたのが、今のレオたちがいる場所だった。


「十三番コロニーまでの距離は約五十キロ。ここからコロニーまで戻って頂くのが二次試験の内容になっています。制限時間は――五日です」


 それを聞いて、不満の声が上がった。


「ふ、ふざけるな! 俺は丸腰だぞ!」


 すると、職員は淡々と告げるのだ。


「棄権して貰っても構いません。この場で棄権をすれば、ポーターでコロニーまで戻ることが出来ます。今回は不合格になりますが、来年にでもこの経験を活かして試験に再度挑むのもいいでしょう」


「お、横暴だ!」


 すると、職員は冷酷に告げるのだ。


「我々は試験内容を伏せましたが、魔具の持ち込みや武器などを制限した覚えはありません。それに、ハンターがどんな仕事かを分かっていれば、その辺りの準備も出来ているはずでは? そうでなければ、ハンターになどならない方がいい」


 会場内では初めて試験を受ける受験者の多くが慌てていた。だが、何度か試験を受けている受験者は、緊張はしているが落ち着いていた。


 レオもまさかこんなふうにコロニーの外に出るとは思ってもいなかった。


(コロニーまで戻るのが試験。でも、外には――)


 ――当然、魔物がいる。しかも、人がコロニーに引きこもってしまったために、魔物の数はライエルの時代とは比べものにならない。


 しかし、ライエルは試験内容を聞いて吐き捨てるように言う。


『五日で戻ればいいのか? 余裕じゃないか』


 職員は細かな説明を始めていた。


「必要な道具は揃えておきました。地図にコンパス。それに、食糧と水も用意してあります。ただし、ここから先、我々もハンターを配置していますが、基本的に死亡してもいっさいの責任を負いません」


 念のためにハンターを配置しているが、それでも完全に守れるわけではない。この試験は命懸けだと職員が宣言する。


「なお、二次試験の期間は五日ですが、コロニーに戻った受験者が百名に到達した時点でそれ以降にゴールした受験者は不合格とします。そして、それぞれ受験者には通過して貰うポイントを用意しました。そこを通過せずにコロニーに戻っても失格とします」


 全体で四分の一が合格を許され、それ以降は不合格という扱いのようだ。三次試験に進めるのは百名という事らしい。


 モニカは頬に手を当てながら言う。


「正直、一日でも突破は可能ですが……さて、どうしたものか」


 職員は全員に告げる。


「荷物に地図が入っており、ポイントも書かれています。受け取れば試験参加を意味しますので、十分に考えて――」


 こうして二次試験が始まるのだった。






 リュックを受け取るために受付に向かったレオ。


 そこで職員に待ったがかけられた。


「ちょっと待ってください。そちらの方は荷物を受け取らないのですか?」


 職員が困っていた。受け取らないならポーターに戻ってそのままコロニーに戻って欲しい、という顔をしている。


 レオはモニカの事を説明しようとすると、モニカが自分で言う。


「私はオートマトンです。広義の意味では魔具であり、レオ様に所有物。なんの問題もありません」


「いや、いくらなんでもそんな嘘は――」


 宝玉内のライエルも、コレには笑っていた。


『あ、やっぱり駄目? ここまで来られたから、大丈夫だと思ったんだけど』


 すると、試験の監督していた一人の女性が近付いてくる。スーツ姿の女性で、スカートを履いていた。ヒールのある靴を履き、明らかに場にはそぐわない。黒髪のオカッパで肩まで髪を伸ばしている。


 眼鏡をかけており、モニカの方を見ていた。その瞳は真剣だ。レオは慌てて言い訳をする。


「あの、モニカさんは本当にオートマトンで。でも、駄目なら戻って貰っても――」


 すると、黒髪の女性はレオの方を見た。首に下げた宝玉を見ると目を見開く。そして、職員に対して言うのだ。


「構わないわ。コレは魔具です。同行を許可します」


 すると、職員が驚く。


「え!? でも、ナナヤさん……」


 ナナヤと呼ばれた女性は、胸の下で腕を組み少し強い口調で職員を急かした。モニカはそんなナナヤを不満そうに見ている。「コレ扱いは酷いですね」などと呟いていた。


「いいから急ぎなさい。ここで時間を無駄にするつもり?」


「わ、分かりました。では、魔具と認めます。リュックの中の地図を確認してくださいね」


 言われたレオは、リュックの中を見た。そこにある地図には【C】と書かれている。


「では、Cポイントを必ず通過してください。そうしなければ不合格になりますので」


 Cポイント。そこは少し遠回りをするコースだった。ライエルはソレを見て。


『こうやって受験者を散らばらせる訳か。まぁ、数十人ならまだマシだけど、五十とか六十人が協力して試験を突破されても面白くないわな。しかし、ナナヤか』


 ランダムで通過ポイントを変えているのは、知り合いや友人同士が組むのも避けさせているようだ。


「あ、ありがとうございます」


 受付を終えようとしたレオに、ナナヤが声をかけた。その視線は、モニカに向けていたものよりも優しかった。


「少し良いかしら」


「なにか?」


「……レオ・ウォルト君ね」


 レオの書類を確認しながら、ナナヤは少し微笑んでいた。そんなナナヤを見て、職員が驚いたような顔をしている。


「二次試験、突破できると良いわね」


 そう言われ、レオは頭を下げてお礼を言う。モニカはそれをつまらなそうに見ていた。






 ナナヤ――【ナナヤ・マイスベル】は、遠ざかっていくレオの背中を見ていた。


 髪は青くない。それに未だ十二歳から十三歳で幼い。


 だが、首に下げた宝玉は本物だった。ナナヤは嬉しそうに呟く。


「正統な後継者、というところですかね……ご主人様」


 そんなナナヤを見ている職員。ナナヤが職員に視線を向けた。


「なにか?」


「い、いえ。ナナヤさんが笑っているのを初めて見ました。本部から派遣されてから、笑っているのを見た事がないので」


 ナナヤはそんな職員の言葉に「それはごめんなさいね」と返すのだった。そして、レオに視線を戻すが、既にドームの外に出てしまった後だった。


 ただ、一緒にいた赤いメイド服を着たモニカ。


 モニカだけは許せなかった。


「それにしても、あの裏切り者が目を覚ましていたとは――」


 裏切り者。


 モニカをそう呼ぶナナヤは、かつて七十八号と呼ばれていたヴァルキリーズの一体である。


ライエル( ゜∀゜)「あ、閃いた! ナナヤちゃん――七十八号にも協力して貰うか! 試験を監督していたみたいだし、なんか知らないけど偉くなってたみたいだから! きっと三次試験も楽になるぞ! やったな、レオ! これでハンター試験合格間違いなし!」


レオ(;゜д゜)「……物語的にそれって駄目だと思う。というか、人として駄目な発想だと思う」


モニカ(;・∀・)「……私がいるので無理だと思います。というか、我々の思考はいかに駄目にするか、というもの。逆に不合格にして養う、という発想が生まれるかも知れませんね」


レオΣ(゜Д゜;)「どうしてみんなそんなに変な思考なの! 怖い、怖いよ、みんな!」

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