第一話「諦めなさい」
12時更新だ!
宣言したのに0時更新の方が多かった事は謝罪します。というか、0時に近くなるとソワソワするようになってきたから。きたから……。
『……え? つまり、人類は都市を囲んだ壁の中に引きこもって、土の中に住むのが一般的だと? なにソレ。俺なんか、人生のほとんどを城から出して貰えなくて不満だったのに!』
コロニー。人類が生活する場所であり、円柱状の構造をしている。縦に長い構造は、コロニー内の人口が増える度に掘り進められてきたためだ。コロニー内に食糧生産プラントがあるため、わざわざ外に出て畑を耕す意味などない。
それもあって、地上での人類の生活圏は狭まっていったのだ。
レオの目の前で「俺なんか、一ヶ月くらい後宮に拘束された事もあるんだぞ。なんだよ……外に出たくないのかよ」などと青い顔をしているのは【ライエル・ウォルト】――かつて、大陸を支配していた最後の帝国を建国した初代皇帝だった。
神帝とまで呼ばれ、多くの物語のモデルになった人物でもある。そして、レオ……【レオ・ウォルト】の遠いご先祖様のようだ。その血は既に遠いものになっているだろうが、ライエルはレオを後継者と見ていた。
その大きな理由は、レオが首に下げていたペンダントだ。青い玉――【青い宝玉】が埋め込まれた銀色のペンダントを持っているのが、ライエルの後継者としての証でもあるらしい。
「あの、皇帝様?」
レオが、なんと呼んで良いのか分からないので、取りあえず「様」をつけると、ライエルは緩い顔で手を横に振った。
『普通は皇帝陛下、陛下、そんな呼び方ね。でも、俺の子孫だし呼び捨てで良いよ。いや、ここはあだ名でもいいかな! ライちゃんとでも呼ぶかい?』
「……見た目が二十代後半の目上の人をライちゃんとは呼べませんよ」
ライちゃん――ライエルの年齢は、全盛期である三十代前半の姿らしい。しかし、レオにはそれ以上に幼く見えていた。若々しいとも言える。
『いいな。レオ君はツッコミ属性か。宝玉内で俺一人は寂しいから気にしていたけど、これで寂しくない!』
「……なんか、思っていたイメージと違う」
皇帝陛下――そう聞いて、レオは自分がそんな偉大な人の血を引いていたのかと驚いたが、よく考えれば帝国が存在していたのは二千年以上も前だ。血を引いている人間などきっと大勢いる。
ライエルは、椅子に腰掛けると足を組んだ。背もたれに体を預け、少し体を斜めにすると肘掛けに肘を置いて手の上に顔を乗せた。
『さて、冗談はここまでにしようか。一通りの話を聞いて流石に驚いたけど、人類はしぶとく生き残っているので問題ない』
かつて大陸を支配していた人類。しかし、魔具の登場やコロニーの完成に伴って、逆に大陸を魔物に奪われるという皮肉な状態だった。
ライエルも少し呆れている。
『しかし、魔具の開発が進んだせいで大きな力を得たら、人類がまるで迷宮みたいな場所で暮らしている、とはね。魔物と逆になった訳だ』
迷宮。今では挑むハンターも少なくなっている。魔具で全身を覆ったランクの高いハンターたちが挑むような場所だ。
しかし、ライエルにはコロニーがまるで迷宮のように見えているらしい。空の見えない中層より下。下に広がっていく環境。狭い通路は迷路のようなものだ。
『まぁ、俺からの話は宝玉に関して、だね』
レオが一通りの説明を終えると、ライエルも一通りの説明をした。レオの持っている青い玉が再び宝玉へと戻った事を説明する。
宝玉――今では発現する者も少なくなった魔具に刻まれる【スキル】を記憶する道具だと。
そして、スキルを伝えるために、スキルの使用者であったライエルが使用方法をレオに伝えるのだと。
「で、でも俺……魔具の適正が低くて」
悔しそうに呟くレオを見て、ライエルは首を傾げていた。
『……ん?』
「スキルを刻んだ魔具も扱いこなせなくて。弱くて……」
『ん~?』
もしかしたら、ライエルからスキルを教えて貰っても使えないのではないか? そういった考えが頭の中を支配していた。
レオはライエルに言う。
「せっかく教えてくれるみたいですけど、俺って才能がないんです。魔具の適正が低くて、スキルを扱うなんてとても……」
ライエルは姿勢を正した。
『冒険者。いや、ハンターを目指しているんだよね?』
「……はい。でも、魔具の適正はないし、ハンターになれるかどうかも分からなくて。でも、強くなりたいんです。父さんは負け犬なんかじゃない、って俺が証明しないと」
その辺りの事情を聞いたライエル。すると、呆れたような顔をしていた。
『それさぁ、なんていうか感動もあるけど、それ以上に呆れる』
「そ、そんな! 魔具が使えないからって、諦めろ、って言うんですか! 俺はそんなの絶対に――」
ライエルは、左手を挙げてヒラヒラさせる。
『違う。違う。父親の名誉を取り戻す。それ自体はまぁ、個人的にはどうかと思うけど、感動するよ。でもね、根本的に間違っているの』
「ま、間違い?」
ライエルは立ち上がると、右手を横に払った。宝玉内にいくつもの映像が映し出される。
『俺も色々と魔具の開発とかしてきたよ。実際、息子に帝位を譲ってしばらくすると暇になったし。まぁ、魔具の開発が加速した原因は俺にも責任があるけどさ』
レオのいるこの世界。ライエルたちがいた時代よりも魔具の性能は格段に向上していた。だが、ライエルから言わせると、
『まず、第一だ。レオ君――いや、レオ、お前は魔具を使うハンターになるのを……諦めなさい』
レオが俯く。歯を食いしばり、そして拳を握った。
「いや、です」
『え?』
「嫌です! 俺はそれでも諦めません。魔具が使えないから駄目なんですか! ずっと馬鹿にされないといけないんですか! 父さんは……父さんはコロニーを守るために戦って……負け犬なんかじゃ」
すると、ライエルはアゴに手を当てながら、レオを見ていた。レオが泣くのを我慢していると、優しく声をかける。
『人の話は最後まで聞こうか。それと、俺は何もハンターになるのを諦めろ、とは言っていない。レオのスタイルとして、魔具は相性が悪いから使用しない方向を示すだけだ』
「魔具を使用しない?」
レオにとって、それは意味が分からなかった。ハンターとは魔具を使用して魔物を倒す存在だ。【魔具の使用者=ハンター】と言ってもいい。
すると、周囲に浮んだ映像の一つを、ライエルが指し示した。
『この時代の魔具は凄いよね。俺の時代とは大違いだよ。けどね……だから、って俺の時代の人間が弱いとはならない。見てごらん』
そこには魔物と戦う人たちの姿があった。魔具ではない装備を所持し、持っていても今の時代の魔具からすると玩具レベルだった。
なのに……ハンター……冒険者たちは、巨大な【ランドドラゴン】と戦い、勝利しているではないか。
「す、凄い」
『逆に優秀な魔具を持っていて、なんでこんな迷宮みたいな……こ、ころにー? に隠れ住むのか理解に苦しむけどね。別にさ、魔具を使わないでもいいんだよ。ハンター、ってアレだよね? 魔物を倒せばいいんだよね? なら、俺の時代の冒険者となにも変わらないというか、専門的になっただけじゃない。簡単だよ』
「……それって」
レオが瞳を輝かせてライエルを見ると、ライエルは微笑むのだった。ライエルがレオに示した可能性。それは、魔具を使用しないという選択肢だった。
『俺もね、皇帝になる前は冒険者だったから。まぁ、今の時代とは色々と違うかも知れないけど、魔物を倒すだけなら魔具なんかいらないよ。まぁ、子孫が貴族でもなければ庶民で、ハンターを目指すならそれを応援する事くらい可能だし。なんなら、一緒に天辺目指してみる?』
レオが椅子から立ち上がった。そして、両手の拳を突き上げる。
「目指します! 俺、最強を目指します!」
ただ、ここでライエルが首を横に振った。
『アハハハ、この世に最強などありません。俺、結構強かったけど一度も嫁には勝てなかったからね。はぁ、二十五人とか数の差を考えても酷いよね』
溜息を吐くライエルを見て、レオは急激に不安になるのだった。ただ、ライエルは周囲の映像を消してしまうと椅子に座り、レオを真剣な表情で見つめる。
『ただし、俺が協力するには条件がある』
「条件、ですか? あの、どんな?」
ライエルは真剣な表情をしており、冗談を言う気配がない。
『いや、難しい事じゃない。宝玉が記録している二十四のスキルを使いこなせるようになる事。もう一つは、必ず自分のスキルを三段階目まで磨く事。最後は――』
スキルに三段階目などあるのか? ついでに、宝玉に二十四個ものスキルがあるのにも驚いていた。実は宝玉は凄いのではないか? などと考えているレオだったが、ライエルの言葉を聞いて目を見開く。
『ハンターになるのも構わない。そして、強くもなるはずだ。だけどね……父親を理由に目指すのは許さない。自分の意志で、そして自分がなりたいと思うか真剣に考えるんだ』
ライエルがそう言うと、レオの意識は宝玉から飛ばされてしまうのだった。
レオが目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。
飛び起きて周囲を見ると、部屋の中は整理整頓され荒らされた形跡が残っていない。
レオは自分の首に下がっている銀色のペンダントを握りしめる。
「夢、だったのか?」
先程まで見ていた光景は夢だったのか? そう思っていると、狭い部屋の台所付近から音が聞こえてくる。料理をしている音だ。
驚いて立ち上がろうとするが、体が妙に重かった。
物音を立てたために、台所から一人の少女が姿を現す。その手にはお玉を持っていた。
「おや、気が付きましたか。勝手に部屋を掃除させて頂きました。まぁ、随分と荒らされていましたが、このモニカの手にかかれば新品同然に生まれ変わりますよ。ついでに台所もお借りしています」
「……モ、モニカ……さん?」
赤いメイド服。金髪ツインテールに赤い瞳のモニカは、レオに微笑んでいた。
「モニカ、とお呼びください。もしくはポヨポヨでも可。いえ、やっぱりモニカで。ポヨポヨでもいいんですけど、やっぱりちょっと……」
なにやら真剣に考え込んでいる様子だった。
そして、レオがなにを話せば良いのか困っていると、モニカは微笑んだ。そして、お玉をエプロンにしまい込むと、綺麗なお辞儀をする。
「もはやヒヨコ様たちもいない今、こうしてチキン野郎の正統な後継者に出会えた事に感謝を。そして、レオ様……このモニカを傍に置いてくださいませんか?」
「傍に置く? あの、でも俺は給料というか、お金もあんまり――」
すると、モニカは首を横に振る。ツインテールが綺麗に揺れた。
「構いません。私が貴方のお世話をしたいのです。お金もいりません。ただ、仕えさせて頂ければ。それが、このモニカの喜びですから」
レオはモニカに頭を下げられ、なんと言って良いのか分からないでいると……。
『……お前、また駄目な子を育成しようとか考えていないよな』
……ライエルの声が聞こえてきた。モニカには聞こえているのか、顔を上げて頬を染めるモニカ。
「うぉぉぉ!! 久しぶりのチキン野郎の呆れ声! このモニカ、感動で涎が……おっと、いけない。メイドが涎を垂らすなど。まぁ、いいじゃないですか。ヒヨコ様たちが我々の思い描く理想のヒヨコ様に育たなかったので、色々と不満なのですよ」
レオが首を傾げていた。
「ヒヨコ様?」
『まぁ、駄目にしようとするお前らが傍にいたのに、子供たちが逆に真面目になったのは奇跡だよな』
ライエルが何か感慨深いように思い出していると、モニカは悔しそうにエプロンを噛みしめ。
「心残りは駄目のハイブリッドであるシャノンさんとの間のヒヨコ様が、予想を超えて優秀だった事! 我々、あんなに手間のかからないヒヨコ様のお世話では満足できなかったのですよ。だから、レオ様には駄目の代名詞になっていただこうと」
「お断りします」
レオが即答すると、モニカが硬直した。そして、鍋の噴きこぼれるような音が聞こえ、パタパタと台所に戻っていく。
ライエルは呆れるように言うのだ。ただ、そこには懐かしさもあるようだ。
『あいつ、まったく変わってないな』
「あの、モニカさん、っていったい……」
レオがモニカの事を聞こうとすると、モニカが料理を持ってきた。
「まぁ、それはその内にお話をするとして、まずは食事にしましょう。レオ様、調べさせて頂きましたが、食事のバランスが悪いですよ。冷蔵庫の中身が冷凍物がほとんどとはどういう事ですか。しっかりバランス良く栄養をとらないといけませんよ。成長期なのですから。駄目は駄目でも、そういう駄目は許しませんからね」
「え、いや、だって……時間がないし、作っても一人だから」
家族がいないレオ。一人暮らしでは食事もお腹を満たせればいい、という思いもあった。下手に食材を買っても使い切れない事も多かった。だから、いつの間にか冷凍食品でお腹を満たす日々が続いていた。
「……やっちまった」
小声で呟いてしまうモニカ。レオとモニカのやり取りを聞いて、ライエルが言うのだ。
『モニカ……お前、なんで地雷を踏むんだよ。普通はそういうのは避けろよ』
慌て出すモニカは、急いで小さなテーブルに食事を並べる。
「さ、さぁ、お食事をしましょうか! このモニカ、料理には自信があるんですよ!」
そして、並べられた食事を見て、レオは気が付く。
「これ……」
モニカは微笑む。
「気が付きましたか。由緒正しい二千年前からあるモニカの自信作です。後宮のヒヨコ様たちも大好きなスープだったんですよ」
母が良く作ってくれたスープだった。ソレを見て、レオが涙する。懐かしい匂いだった。そして、食べると味もよく似ていた。
「少し違うけど、母さんの味だ」
あまり余所では見かけないスープだ。レオは、母の味を思い出して、涙する。その様子を、モニカは微笑んでみていた。
ライエル(; ・`ω・´)「戦いは数だったよ、歴代当主様たち。1対25の戦い……とても過酷でした! しかも一ヶ月も拘束された時は、外に出て空を見上げると涙が……涙が……」
レオ(;・∀・)「……この人に従っていて大丈夫なんだろうか?」