幕間 エアハルト編1
エアハルトはロルフィスの王城にいた。
日の高い中、中庭で小さな丸いテーブルを挟んで向かい合っているのは、紫色の長い髪を持つアンネリーネ王女殿下だ。
(ふざけるな。ふざけるなよ! なんでだよ。なんで王女殿下を俺に押しつける! 全然釣り合ってないよ! 確かに頼んだよ! なんとかハーレムの問題を解決してくれと頼んださ! 頼んだけど、この解決方法、ってどうよ!)
自由騎士エアハルト。
冒険者でありながら、騎士の階級を持つ男だ。いくつかの特権が与えられており、移動する際には交通税のようなものを取られない。加えて、騎士階級なので貴族たちに命令されることもない。
命令できるとすれば、エアハルトの身分を保障しているライエルだけだ。それに、エアハルトが他の土地で不正を見つけた場合、これを帝国に報告することも、その場で対処することも可能な権限が与えられた。
冒険者から皇帝になった、ライエルらしい制度――それが自由騎士だと、誰もが思っていた。
実際は、エアハルトが羨ましかったのと、腹いせで作られた制度だ。時折面会する理由も欲しかったので、それなりの権限が与えられている。
下手な貴族たちより、よっぽど権力を持っているのがエアハルトだ。
そんなエアハルトも、帝国の建国から数年が過ぎるとある問題が浮上してきた。女性問題だ。
いい加減、パーティーの女性陣が結婚適齢期の後半にさしかかり始め、どうするのかを決めなければいけなかった。
それをライエルに相談したエアハルト。いや、正確には困っているのを聞きつけ、ライエルが帝都にエアハルトを呼びつけたのだ。
そのまま酒を飲ませて酔いつぶし、エアハルトに話をさせた。友人が来ているという理由で、その日は後宮に戻らなかったライエルは、酷く活き活きとしていた。
それを見たエアハルトは、結婚について悩む。
しかし、パーティーメンバーの事を考えるのも、リーダーであるエアハルトの仕事だった。自分の事でもあるので、藁にもすがるつもりでライエルを頼ったのだ。
周りから見れば権力持ちの冒険者。
実力もあれば、美女に囲まれていた。それを羨む者たちも多い。本人にしてみれば、面倒事が多い自由騎士の地位を捨てたかった。
自由騎士であるために、厄介な依頼を押しつけられるからだ。しかも、立ち寄った村や街で、是非とも娘を妻にと勧められる事もある。
そろそろ身を固めなければ、などと思っていたら――。
「エアハルト様はお強いのですね。ランドドラゴンを打ち破ったと聞いております」
――嬉しそうなアンネリーネは、王女殿下だ。ロルフィスという国には国家を代表する地位が不在という現状が続いている。
その大きな理由が、アンネリーネが即位を拒んでいるためだ。少し前までライエルに熱を上げていたが、今では政務に忙しいライエルよりもエアハルトの噂が広がり興味を示していたようだ。
エアハルトは言う。
「いえ、仲間たちのおかげです。それぞれが十分に役割を果たせば、どんな敵にだって勝てますよ。俺だけの力ではありません」
涼しい表情でお茶を飲んでいるエアハルトだが、内心では焦りまくりだった。
(どう考えても身分違いだろうが! しかも、ライエルの野郎……アンネリーネ王女殿下を俺に押しつけやがったな! あいつに相談なんかするんじゃなかった! ちくしょうぉぉぉ!!)
自分の判断ミスを嘆くエアハルトだが、相手は王女殿下だ。しかも、ロルフィスは、初期からライエルに味方した四ヶ国連合の代表の一人でもある。いつまでも王女の地位にいる問題もあるが、エアハルトとは身分が違った。
「謙虚なところも素敵ですね。それに立ち居振る舞い……素晴らしいと思います」
立ち居振る舞いは、皇帝であるライエルがいくら友人でも公的な場での礼法は身に付けておくべき、などとバルドアに言われて仕込まれたのだ。
「付け焼き刃です。見苦しいと自分でも思って――」
すると、そんなお茶を楽しんでいる場所に、一人の男性が入ってきた。
「失礼! アンネリーネ様、お久しぶりです」
相手は小国の王子だった。かつてのロルフィス並に小さな国で、次男であるために婿となる事を望んでいる王子だ。
「殿下」
アンネリーネの表情が曇る。ライエルがアンネリーネとの結婚を避けているために、国同士で話が進んでいる相手だった。もっとも、相手側が積極的に売り込んできているだけで、ロルフィスはライエルという大物を狙っているのに変わりがない。
王子がエアハルトを見て、鼻で笑った。
「ふんっ、冒険者などと言う身分で、王女殿下に近付いて……皇帝陛下の友人だからと、図に乗るなよ」
アンネリーネに手を出すな、と言っているような王子に対してエアハルトは思った。
(こいつ……もしかして、アンネリーネ王女殿下の事を? あれ? これってチャンスじゃないか!)
エアハルトはすぐにこんな爆弾みたいな王女殿下を押しつけるべく、立ち上がって退席することにした。
「なにか手違いがあったご様子ですね。ならば、俺が退席しましょう。それでは、これで失礼いたします」
内心ではガッツポーズをして退席するエアハルトに、王子が言う。
「身の程をわきまえているようだな。今後は大人しくする事だ」
上から目線の相手にエアハルトも腹が立つ。
しかし、これでアンネリーネを押しつけられると思うと、スキップをしたいくらいだった。別に容姿に問題があるわけでもない。
ただ、どうにも夢見がちな部分が強いのである。エアハルトも、流石にそんな相手は嫌だった。それに身分が違いすぎて、価値観が合わない。
(まぁ、これで大丈夫だろ)
そう思ってその場を去るエアハルト。ライエルに文句でも言ってやろうと思っていた。
帝都。
呼び出されたエアハルトは、ライエルに向かって文句を言う。
「てめぇ! 爆弾女を俺に押しつけようとしたな!」
ライエルは執務室で、小さな女の子を膝の上に乗せていた。勢いよく部屋に入ってきたエアハルトを見て、微妙な顔をするのだった。
「お前、どうしてそんなにタイミングが悪いの。しかも、今日、この時間帯、って……やっぱり持っている男は違うよね」
かつての純粋なライエルの姿はそこにはない。今あるのは、執務室のソファーで二歳の娘と戯れている疲れた父親の姿がそこにあった。
エアハルトは、子供がいるので声を少し抑え気味にして言う。
「まぁ、なんとか回避してきたけどな。それよりも、ロルフィスでお見合いをしろ、って言うから向かったら出て来たのが王女殿下だぞ! ビックリするわ!」
ライエルは、疲れているのか娘の手を握って遊んでやっていた。
「それは良かったな。まぁ、新しく興味を持った男に会わせておけば、結婚しろとか言われないから俺は構わないけど」
驚いた様子のないライエルに腹を立てながらも、エアハルトはライエルの膝の上にいる少女に視線を向けた。
「ところで、なんでそんな小さな子がここにいるんだ? というか、誰の子?」
ライエルは真顔でエアハルトを見ながら。
「……俺の子」
「そんなのは分かってんだよ! いったい、誰が母親なのか、って聞いているんだよ! というか、どこかで見た事があるような……」
すると、小さな少女は、拙い声でエアハルトに言うのだ。
「まりあーぬ。ままはまりあーぬ、らよ。あれ?」
ライエルが、エアハルトから視線を外して娘の視界を手で塞いで抱きしめた。エアハルトは、膝から崩れ落ちる。
「そ、そうか……マリアーヌさんも子供がいて当然だよな。うん……当然……し、幸せそうでなによ、なにより……うわぁぁぁ!!」
初恋の相手の娘を見て、複雑な感情を抱くエアハルト。立ち上がってそのまま執務室から去って行く。
ライエルは、そんなエアハルトの背中を見送ると溜息を吐いた。
「どうしてこんなピンポイントみたいなタイミングで来るのかな? あ、ほら、迎えが来たぞ」
すると、ヴァルキリーが娘を迎えに来た。
「王女殿下! さぁ、この九十九号と戻りましょう! もう、いなくなった時は心臓が止まる思いでしたよ。私、心臓はありませんけど」
冗談を言う辺り、まだ余裕があるのだろう。ライエルから離れた娘は、ヴァルキリーの手を取ってライエルの執務室から出て行く。
後宮から逃げ出して、ライエルの執務室に来たのだ。エアハルトにとって、最悪のタイミングだったと言える。
誰もいなくなった執務室で、ライエルは天井を見上げた。
「さて、これからどうなるか……エアハルト、これはそう簡単な問題じゃない、って気付いてくれるかな?」
勝手に執務室に来て、勝手に出て行くエアハルトに、大事な事を伝えられなかったライエル。しかし、すぐに背伸びをして立ち上がる。
「まぁ、いいか。どうにかなるだろうし」
そう言って書類の山が出来ている自分の机に、再び向かうのだった。
六代目(ヽ´ω`)「ライエルがどんどんすれていくな。コレも運命、か。ハーレムなど、所詮は夢のままが一番だ。心が荒んでいくのが分かる」
五代目( ゜д゜)「恰好を付けて言っているけど、お前のは自業自得だから。ライエルのは……まぁ、半分くらいは俺たちにも責任があるかな? でも、お前のは全部自分が悪いから。地雷女ばかり選びやがって!」
六代目嫁s
( ゜言゜)「お義父様、私たちがなにか?」
( ゜言゜)「私たちもまさか旦那がハーレムを考えているとは夢にも思いませんでしたよ。他の二人を消さなかっただけでも褒めて頂きたい」
( ゜言゜)「都合の良い夢は、寝ているときに見るもの。さぁ、現実を見なさい、ファインズ」
六代目(`;ω;´)「ちくしょう! みんな最後で評価を上げたのに、俺だけ残当とか言われて……誰か助けてぇぇぇ!!」