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第1話:Start Line

チチ…チチチ…


まだ空が薄暗い中、雀たちが会話をするかのように一斉に鳴き始める。

自分は寝ているはずなのに何故かその音だけは鮮明に聞こえた。


朝日が出てくると共に夜の静けさが嘘みたく次第に喧騒を取り戻し始める。

その音と共に俺は目を覚ました。


「ふわぁ、もう朝か…。」


まだ重い瞼を擦りながらゆっくりと布団から体を起こす。

ふと窓ガラスのカーテンを開けると、今日は特に寒いのか結露がびっしりと付いていた。

どうやら目覚ましが鳴るより前に起きてしまったのはこの寒さのせいだったようだ。


窓を開けると見慣れた風景が見えると共に冷たい風が部屋の中に入ってきた。

俺はすぐに窓を閉めると、そそくさと制服に着替え始める。


と、そこにコンコンとドアが鳴る音がした。



「遥人、もう起きてる?朝ご飯出来たよ。」



少し落ち着きがある高い声がドア越しに聞こえてきた。



「ああ、今起きたところ。着替えたらすぐ下に行くよ。」



「わかった…ってもう起きてるなんて珍しいね。もしかしたら今日は雪が降るかも。」


そう言いながら何処か軽い足取りの音を鳴らしながら階段を下りていく。


俺が早起きしたのがそんなに珍しいのかな。

というかそこまで酷い寝坊はしたことは無いんだけど…


「それにしても今日は本当に雪が降りそうだな。」


着替えをしながら外を眺めると、明るい空の中に少し暗く淀んだ雲があるのが見えた……




「おはよう、朝奈」


「おはよう、もう朝ご飯できてるよ。」



目の前には豪華とは言えないものの、美味しそうな和食が並んでいる。

毎日出る卵焼きはもはやプロの料理人にも負けないくらいだ。

最近では洋食や中華にも挑戦するようになってバリエーションもかなりのものである。

俺も簡単な料理は出来るのだが、基本的にラーメンや炒飯等の「一品料理」が主なのでほとんど出来ないに等しい。

それに大抵この手の料理は飽きが付き物という欠点もある。

だから俺にとって朝奈のしっかりとした料理は非常に有り難い。



そう朝奈に感謝しつつ、二人で「いただきます。」を言って朝ごはんを食べ始める。

一緒に食べ始めるものの、いつも俺の方が早く食べ終わるのでお茶を飲みながら朝奈が食べ終わるのをゆっくりと待つ。


「ごちそうさま。ってもうこんな時間!早く学校行く支度しないと遅れちゃうよ!」


朝奈は食べ終わって直ぐにそう言うと、慌てて居間を出ていった。


「さて、俺も準備するか。」


いつもの事なので特に慌てる事も無く、俺は既に横に置いてある鞄を持って玄関に向かう。

朝奈が同居(といってもあいつが気まぐれで泊まりに来るだけだが)する様になってから一年も経つのだから慣れるのも当然と言えば当然か。

そしてこの後朝奈が階段で転ぶ事もだ。


たぶん俺の両親が居なくなって一人暮らしになったので気を使ってくれてるみたいだ。

自分で一通りの家事は出来るのだが家が広すぎて何処に手をつけていいか分からず、手が回りきらなくて途方に暮れていた。

その時朝奈が手伝ってくれなかったらこの家はその内よくテレビでやってる様なゴミ屋敷になっていただろう。

うん、まず間違いなく…


朝奈は父子家庭で育ったせいもあって大抵の事は何でも出来てしまう。

それなのに自慢



朝奈の支度が終わる前に特製の巨大ぬいぐるみ(朝奈作)を玄関の脇からずるずると引っ張り出す。

朝奈の一番のお気に入り作品で兎と猫を合わせた動物で「フローラ」と言うらしい。

猫と兎を足して2で割ったような耳に、フェレットのような体、最も特徴なのは触れると病み付きになると言うふさふさな尻尾らしい。

いつも得体のしれないものばかり作ってる朝奈にとって、たぶん生涯唯一の完成された作品であろう。

それを階段の下にしっかりと設置しておく。


「さて、これで準備万端だな。」


間もなくして騒がしい声がドアを開く音とともに二階から聞こえてくる。


「お、遅れちゃう〜。ってあわわ...」



朝奈が勢いよく階段を駆け下りて来る。いや、どちらかというと落ちているという方が正しいだろうか。

バタバタと大きい音が部屋中に聞こえるほどに豪快な落ちっぷりだ。

そしてそのまま朝奈は俺が置いといた巨大ぬいぐるみの上に綺麗に落下した。


「う〜ん。ありがとう遥人。」


「いいから行くぞ。早く行かないと遅刻する。」


「そうだね。それじゃあ行ってきます。」


そう言って朝奈は玄関の鍵をしっかりとかける。

朝奈は誰もいない家に必ず出掛けの挨拶をする。本人曰く「礼儀はしっかりしないとね。」との事らしい。

俺は別にそんな事には興味無いし、面倒なので普通に外に出る。

これがいつもの日常。

何一つ変わった事は無いし、変えるつもりもない。ただ過ぎていく日常をあるがままに受け入れる。

そんな日常をただ続けていた…

そう、今日までは…



--------

-------

------



学校から帰ってきて夕飯の支度をする。

朝奈は部活で帰りが遅い日も珍しくない。そうなると夕飯作りは自然と俺の担当になるのは当然だろう。

そのせいか俺も最近になってから簡単ではあるものの、本格的な料理を始める様になった。

だが今日は少しばかり面倒だ。

帰りにお店に寄って夕飯の買出しをする予定だったがすっかり忘れてしまった。


「しょうがない。あるものですませるか。」



ちょうどご飯とジャガイモがあったのでバターと一緒に炒めてジャガバターライスを作る。

後は乾かしておいたパセリを振り掛けて完成。

うん、実に簡素な出来だ。



ガタガタ…カラ……



「ん?何の音だ?」



そう言って上を見上げてみる。

どうやら音は2階…いや、たぶんその上の天井裏だろうか?

今までに何度かネコが紛れ込んだ事はあるがそれでもここまで大きい音は初めてだ。

そういえば天井裏は宝の宝庫だって爺さんが冗談交じりに言ってたな。

とすると、もしかして…


そう直感して近くにあった包丁を手に持つ。




明かりは付けず、音を立てないようにゆっくりと2階へ続く階段を上る。

こちらの動きを悟られないように、少しずつ、しかし確実に天井裏を目指す。

もし人だとしても何人居るかはわからないからだ。


そう考えている内に天井裏の梯子まで辿り着き一息つく。

しかし状況から言って対峙した時、下側の俺は圧倒的不利になるだろう。


覚悟を決めて行くしか無いか…


心臓の音が嫌に大きく聞こえる。呼吸も何故か息苦しくなってきた。



「3、2、1……0!」




一気に天窓を開けて体制を整える。

どうやら鉢合わせという事は無かったみたいだ。

俺はほっとして改めてあたりを見回す。



「う…はっ……あっ…」



唐突に聞こえた声に俺はとっさに持っていた包丁を胸の前まで持ってくる。

声は奥から聞こえてくる。しかもその声はとても弱弱しい感じだ。



「おい、居るならおとなしく出て来い。」



少し威圧するように言ったが返事は無い。

ならばこちらから仕掛けようかと前のめりの体制になる。


と、いきなり声の主は足音も立てず、俺の前に唐突に姿を表した。



そこで俺の頭は一瞬凍りついた。

その出来事がスローモーションの様にゆっくりと、しかし明確に俺の目に焼きつく。



「お、女の子……!?」



小柄な体型に青く澄んだ瞳、水色の長いストレートヘアはしなやかで、且つ流麗にその佇まいを見せている。


その姿に見とれていた俺はふと我に帰り、その少女と目を合わせる。

年は15、6であろうか。それにしても酷い怪我を負っているのは少し離れていても容易に知る事が出来た。


そして、話しかけようとしたその時、



ドクン、ドクン---



「な!?体が…重…い。」



かつてないほどの悪寒が背筋を凍りつかせる。

気付けば、何も無いはずなのに体が急に動かなくなっていた。そういえばここに来てからやけに息が苦しい気がする。

動いていないのに息が上がる。心臓が今にも飛び出しそうな勢いで大きく鼓動する。



今にも体中の骨が折れてもおかしくないほど、その原因不明の重さは強くなっていた。

なんとか力を振り絞って顔を上げる。



そこには、さっきとは違う冷たく鋭い視線があった。

まるで生気が感じられない、たぶん重度の怪我でショック状態になっているのかも知れない。

でも、俺にはその表情がどこか悲しげなものに見えた。


「早く手当てしないと…うっ!」


重みが更に強くなる。さすがに体が限界を感じ始めたのか、視界が一瞬暗くなる。

気付けば口の中は鉄の味がしていた。床にも点々と赤い滴が落ちた後がある。


ヤバい、そろそろヤバい…



とその時、急に自分を縛っていた重みが消えた。

全身の力が抜けて既に立つだけでも苦しい。


と、俺は止まっていた思考を強引に動かす。そうだ、女の子の手当てをしないと。

気付いたときにはその女の子は倒れていた。俺は急いで近づく。


足を一歩踏み出した瞬間目の前の世界がぐらり歪む。

そういや俺も立ってるだけで精一杯だったな。

気付いたときには俺は少女の横に倒れこんでいた。


暗い世界に誘われるまま、俺はそれに身を委ねるしかなかった。




これが始まり、この出逢いから全ての歯車は揃い、世界は動き出す---

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