第五話 別れ
かなり急な展開かもしれません。
それは本当に突然の出来事だった。
ある日の朝、俺が目を覚まし、シルバにおはようと言ったところ、シルバの反応がいつもと違い、鈍くなっていた。
「シルバ、どうしたんだ?なんかいつもと違うぞ」
『気……にする……な、我……は大丈…夫だ』
明らかに具合が悪そうなのだが本人が大丈夫だと言い張るため、様子を見ることにした。
しかし、次の日にはさらに具合が悪化していた。
「シルバ!お前、本当にどうしたんだよ!正直に言え!」
『ふっ、ふ。どうやら…もう隠しきれんようだな。』
そして、シルバは本当の事を言った。
『我の命は……もう、尽き掛けているのだ……』
絶望的な事実を。
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「尽きかけているって……どういうことだよ!?」
『そのままの意味だ。お前も疑問に思っていたのだろう?なぜ我がこの洞窟にいるのか、なぜ同じ場所から動かないのか、と』
「それは確かにそうだが……」
『今からその訳を話そう』
そうしてシルバは死にかけている理由を話し始めた。
『まず、この前お前に自己紹介をした時に言った神獣について説明しよう。神獣とはこの世界の“摂理”より生まれた存在だ』
「摂理?それは一体何なんだ?」
『“摂理”とはこの世界の根幹を成すモノだ。しいて言うのなら運命やあの世、物理法則、観念等といった概念の集合体であり、それそのものだとも言えるモノだ。まあ、要するに計り知れないモノだと思え』
この世界の根幹を成す存在……つまり、世界のシステムのようなモノなのだろうか?
「摂理というのは何となくわかった。それで、そこから生まれたとはどういうことだ?」
『言葉通りの意味だ。我ら神獣は“摂理”より抽出された概念が“形”を得た存在だからだ。言うなれば生物というより、何らかの概念が意志を持ったと思ってくれればそれで良い』
「概念が意志を持った存在って……それじゃまるで精霊みたいじゃないか……」
『精霊か……ある意味近いかもしれんな』
そう言ってシルバは苦笑いをした。だげどある意味の部分が妙なイントネーションだったのは気のせいなのだろうか……
「つまり、お前は何らかの概念が龍という形を取った存在ということで良いのか?」
『ああ、それで間違ってはいない。ちなみに我は光の概念より生まれた存在でな。いわば光龍と言うべきだな』
「それで、そんなお前がなぜ死にかけているんだ」
『……我らは長く生き過ぎたのだ。長い時間を生きている内に徐々にではあるが我らの形が崩れてかかっていたのだ。いわば寿命が近づいていたとも言えよう。おそらくもうそんな長くはなかっただろうな』
「神獣にも寿命があるというのか。ならとっくにお前たち神獣はほとんどが死に絶えているというのか」
『いや、そうでは無い。我ら神獣は転生を繰り返すのだ』
「転生を繰り返す……?」
『そう、我らはいつか寿命が来るとその形が崩れ、“摂理”へと還り、そしてまた新しく“形”を持ち、この世界に再び生まれ落ちる。自然界にあるものが巡り巡って循環するように我らもその概念が常に流動しているのだ』
「じゃあお前がこの洞窟に居たのは……」
『……最期くらいは静かに過ごそうと思い、この洞窟に来てな。そんな時にお前と出会った』
「……っ!」
『初めは何なんだと思ったが……お前のおかげで良い思い出が出来た。ありがとう』
「そんな事を言うなよ!」
俺は悲しかった。異世界に来てしまって。困惑していたがシルバのおかげで色々と助かったし、能力の事も知ることができた。なのにシルバが先に逝ってしまうなんて……!
『すまんな……だがお前はもう一人で生きていけるはずだ。その能力もだいぶ使い慣れてきているしな』
「でも!」
『セーサよ、泣くんじゃない!これは誰しもがいつか受け入れることだ。お前も元の世界で親しい者の死に立ち会ったことがあるはずだ。お前からは何となく大切な人を失った者の気配がするからな』
……!俺が両親の死を経験したことを見抜いている!?やはりシルバは凄い。
『確かに家族や親しい者の死は悲しい。だがな、そうして悲しみに暮れ続けることを亡くなった者が喜ぶと思うのか!』
確かに俺は両親を失った後、頑張って生きてきた。苦しい時もあったが楽しい事もあった。でも時に思いだし、心の中で涙することは幾度もあった。楽しい事があっても心のどこかで両親の事が引っかかってしまっていた。
『そうして悲しみに暮れ続けるのではなく、未来を見ろ。己の幸福を模索し、精一杯生きていくべきだろうが!それこそが生きている者が死んだ者にできる手向けだろうが!』
「シルバ……!俺は、どうすれば良いんだ!」
それでも俺にはこの悲しさを完全には払拭できなかった──
●
ついに……シルバが“摂理”に還ってしまう日が来てしまった。
シルバの体は……もう大部分が光の粒子となり、いまにも崩れかかっていた。
「シルバ、もう、行っちゃうのか……」
『ああ……もう時間だ……』
俺は悲しさを抑えられなかった。でも、シルバの最期を、静かに見届けてやらねばという決心はできていた。
『セーサよ。これを受け取れ』
そういってシルバが何かを投げてきた。なんだろうか?
「これは……鱗?」
それは白銀の光沢を放つ美しい鱗だった。それなりの大きさをしたそれが数枚、あった。
『我の鱗だ。どうせ死ぬのならと何枚かとっておいたのだ』
「良いのか?こんな物くれて……」
『構わんさ。お前は我の最後に付き合ってくれた友だからな。それに……』
「それに?」
『お前には道具を作り出す能力があるだろう?その鱗をその材料にして何かを作ってくれ。我ら神獣は転生すれば全く新しい個体となり、今の意識は消えてしまうだろう。だから……我という存在がいたという証を残してくれ』
「俺にできるだろうか、そのような大役が」
『できるさ。大切なことは自分に不相応と思うのではなく、自分にできることを果たすことだ。自分の可能性を信じろ。そうすれば輝かしい未来をつかめるはずだ』
シルバのその言葉に俺は勇気がにじみ出てくる気がした。
『……それじゃあセーサ、……さようなら』
「ああ、シルバも……元気でな」
『バカだな……我は新しい存在になるというのに元気でなとは』
「それでも……俺はお前という白龍が元気でいてほしい」
『はは、……そうだな。ありがとう』
そう俺たちは軽口を叩きあいながら、
やがて
シルバの体は
完全な光となり、
そして……
『じゃあな、我が……友よ……』
立ち昇る光の粒子を残し、消えていった──
次回が第0章の最後の話となる予定です。






