第二話 不吉な香り
キャラ紹介
主人公 竜宮 拓真(男)
高校二年生 身長178cm 体重69キロ 少し明るめの茶髪だが地毛
髪型は『べるぜバブ』の男鹿の様なイメージ
弟妹思いで、優しい兄。
茉莉とは小さいころからの幼馴染で茉莉の両親とも顔なじみ。
幼いころから養父に剣術を習い、腕前は相当な物。
料理は大人数用の物なら得意。
波乱を巻き起こした転校生の登場から数時間。
明星高校は放課後を迎えていた。
「はぁ…」
俺の頭の中の混乱は、時間が経っても今だ治まっていない。
「どうしたのよ?珍しくため息なんか吐いちゃって」
「茉莉、まだ学校に居たのか?」
話しかけてきたのは幼馴染の少女、茉莉だった。
因みに同じクラスである。
「ちょっと、生徒会の仕事でね」
茉莉は部活には入っていないが、生徒会(会計)に所属しており、たまに放課後学校に残っていることがある。
「それより、たっくんこそどうしちゃったのよ?」
「たっくん言うな」
混乱しているせいか、いつもの返し言葉にも力が入らない。
「ちょっと、転校生の事で考え事をな」
前に見かけたことがあるだけならまだしも、幻聴と同じ声だと言ったら、俺の精神を心配されかねないので、その辺りは伏せておく。
「……ふ~~ん」
「ど、どうした?」
あれ?なんか同じ展開が最近あったような?
「まあ、確かに転校生の天野さんは、すっごい美人だったもんね~」
「は、はぁ?」
何か勘違いしてないかコイツ?
「ま、茉莉?何か勘違いをしてるようだが、俺は転校生の事を恋愛感情でどうこう悩んでたわけじゃないぞ?」
「……………え?」
「考えてたのは、もっと別の事についてだ」
「そ、そんな事、分かってたに決まってるじゃない!」
あからさまに狼狽してるじゃないか。
しかし、ここでそのことを指摘すると、さらに話がややこしくなるので黙っておく。
「さて、俺はそろそろ帰るが、茉莉は生徒会の仕事終わったのか?」
「ええ、終わったわよ」
「じゃあ、帰るか」
「今日は、剣道部には行かないの?」
「今日は予定の日じゃないからな」
俺の言葉を聞くと茉莉は、ちょっと待ってて、と言って自分の机にカバンを取りに行った。
俺も帰るために自分のカバンを持った時、教室のドアが開いて一人の男子生徒が入ってきた。
「良かった!拓真まだ教室に残ってたか!」
「宗助?どうかしたのか?」
教室に入ってきたのはクラスメイトの津島 宗助。
中肉中背の普通の男子高校生だが、二年生ながらに剣道部のレギュラーを務めており、面倒見も良いので次期主将と噂されている。
「剣道着のままで一体どうしたの?」
カバンを取って戻ってきた茉莉が尋ねる。
「ああ、水原さんも居たのか。ちょっと拓真借りて良いかな?」
何故、先に茉莉の許可を得ようとするんだ。本人が目の前にいるだろ。
茉莉も『良いわよ。けど、手短にね』なんて言うんじゃない!
俺はお前の所有物か!?
「今日は予定は無かったはずだが、他の用事か?」
黙っていてもらちが明かないので、宗助の用事を尋ねる。
「そうだ。ちょっと剣道場まで来てくれ!」
「何かあったのか?」
「今日、転校生が来ただろ?あの子が剣道経験者だって言うから、うちの部に見学に来たんだよ」
『転校生』そのワードに心臓がドキリと跳ねる。
「それが俺を呼ぶのと何の関係が?」
「部長が『経験者なら』って他の部員と一本先取の手合せさせたんだよ。そしたら、あの子が異様に強くて、先輩たちが軒並みやられちゃってよ!」
「三年の先輩たちが負けたのか?」
まさか。
明星高校の剣道部は、全国大会にも出場するほどの強豪だぞ?
それを女子が負かすなんて。
「それで、このままだと剣道部の面子が丸つぶれだからって、拓真を呼んだんだ」
「俺も、剣道部員じゃ無いのだがな」
「男の沽券にも関わるんだよ!」
俺は剣道部じゃないが、剣道にはそこそこ自信がある。
家の都合上、剣道部に所属は出来ないが、その代わりたまに剣道部のコーチをしている。
そして、剣道をやっている者ならば、そんなに強い相手と一度でも手合せしてみたいと思うのも、しょうがないことだった。
「分かった。やってやろうじゃないか」
「本当か!助かるぜ拓真!やっぱり持つべきものは友達だよ!」
「って事だ。悪いな茉莉。帰るのは少し遅れそうだ」
「大丈夫よ少しくらい。それに久しぶりにたっくんの剣道見れるもの」
「たっくん言うな!」
「良し!じゃあ、早く行こうぜたっくん!」
「お前も悪ノリするな!」
宗助の頭に拳骨を一つ落とした俺を責める奴はいないはずだ。
そうして、宗助に連れられ剣道場に到着すると、入り口の前には大きな人だがりが出来ていた。
人だかりをかき分けて、剣道場に入るとコートの端に長い髪を手拭いで纏め、剣道着を着こんだ天野 流が正座をして座っていた。
その姿はまるで神聖な物のように見え、俺は息を飲んだ。
「じゃあ、頼むよ!拓真!」
「あ、ああ」
宗助に背中を押され、ハッとしながら更衣室に入る。
剣道着と面以外の防具を付けた俺は、一礼して道場に戻った。
コートに向かう途中、剣道部の主将が俺に話しかけてきた。
「スマンな竜宮。もうお前しかいないんだ」
「主将もやられたんですか?」
「恥ずかしながら圧倒されたよ」
「主将が?」
個人戦でも全国区のこの人を圧倒しただと?
「後はもうお前だけだ。部員じゃない奴に頼むのは気が引けるが、頼むぞ」
「…善処します」
相手はかなりの腕前らしい。
最初から油断せずに行った方が良いな。
集中しながらコートに一礼をして入る。
相手の転校生も一礼してコートに入る。
その後お互いに帯刀し、蹲踞の体勢で『始め』の声を待つ。
そして、主審を務める主将の『始め!』と言う声が響いた。
俺は最初、自分からは攻めずにいた。
いや、攻められなかった、と言うのが正しいだろう。
転校生の正眼の構えには一分の隙もなく、攻めあぐねていると言うのもあるが、何より、転校生から受ける気迫や重圧が、俺の剣の師匠である父さんに匹敵、もしくはそれ以上であると言う事が俺の全身を硬くさせ、攻撃を躊躇させている。
何て剣気だ。
高校生の放てる気じゃ無いぞ…。
まだ試合が始まって一合も打ち合っていないのに、額には汗が噴き出していた。
相手の転校生も攻めては来なかった。
今攻めてきたら確実に試合は決まるのにも関わらず、まるで、俺を待っているかのように動かない。
俺は直感した。
見極められている。
俺がどういう奴なのか。
俺がどれだけの使い手なのか。
俺の全てを見る様に、転校生は俺を見極めようとしている。
舐めている。
そうとも取れるこの行動。
だが違う。
相手はおそらく待っているのだ。
俺が全力で攻めてくるのを。
確実に俺よりも数段上の使い手が、俺の全力を受け止めてくれようとしている。
その事実に俺は奮起した。
「オオオオオオオオオオオ!!」
そして自らを鼓舞するように、大きな叫び声をあげ、攻めに転じた。
~~side茉莉~~
剣道部の部長の掛け声で試合が始まったが、いまだにどちらも手を出していない。
「ねえ、これってどうなってるの?」
私は解説を隣にいた津島君に求めた。
「ああ、他の先輩たちとの試合もそうだったんだけど、天野さんは相手が打ち込んでくるまで自分から仕掛けないんだよ。相手の攻撃を全部受け止めてから、反撃に移るんだよ」
「なんでそんなことを?」
「さあ?それは僕にも分からないよ」
一体なぜ?
そんな疑問が生まれた瞬間、たっくんの叫び声が剣道場に響き渡った。
~~side拓真~~
「オオオオオオオオオオオ!!」
叫び声で自らを鼓舞し、俺は攻めに転じた。
格上の相手に小手先の技などは通用しない。
ならば、俺がとる手段はただ一つ。
おのれが持てる最速の踏み込みから、全力の面打ちを振り下ろす。
「メエエェェェエエェェンンン!!」
俺の面打ちに対し、転校生は素早く半身になり、俺の竹刀の側面を打つことで強引に軌道を反らし、回避した。
あの速度の打ち込みを完全に見切られた!?
俺の中に動揺が生まれるが、相手は自分よりも格上と思い出し、すぐに落ち着きを取り戻す。
そして、来るであろう反撃に精神を集中させた。
しかし、俺の予想を裏切り、転校生は反撃することなく距離をとってしまった。
絶好の好機だったはずだ。
どうして?
そんな事を考えたが、
『今は試合に集中しろ』
と自分に言い聞かせ、攻めに行く。
だがその後、いかなる場所へのいかなるタイミングの攻撃も、すべて完璧に見切られてしまった。
その最中、試合を決めれる場面はいくらでもあったのに、転校生はそれをしなかった。
なぜだ?
さっきから俺は全力で攻めている。
転校生が見たかったのは俺の全力じゃないのか?
俺は混乱しながらも再び面打ちを放つ。
「メエエエエェェエエェンン!!」
先程はかわされた一撃だったが、今度の一撃はかわされず、鍔迫り合いの状態になった。
そして、俺と転校生の距離が狭まった瞬間、
「まだ見せていない技があるでしょ?」
転校生が俺にぼそりと言った。
その後、鍔迫り合いの状態からお互いに距離を取り合い、仕切り直しになる。
しかし、俺はすぐに攻めに転じなかった。
距離を取り合った後、俺の頭の中は混乱を極めていた。
『技』
おそらく転校生が言ったのは俺が父から習っている『剣術』の事を指しているのだろう。
けど、なぜ転校生がそのことを知っている?
この町に住んでいる者なら、噂などで知っているかもしれないが、今日転校してきたばかりのコイツが知っているのはなぜだ?
だが、そんなとりとめもない考えの中、俺は一つの決意をしていた。
父からは『むやみに剣術を使ってはいけない』と言われているが、相手が本気の勝負を望んでいるのにそれを隠し、勝負を濁すのはのは恥だ。
心の中で父に詫びながら、八相の構えをとる。
「ハアアアアァァアアァア!!」
竜宮流刀争術『頂崩し』
気迫を込めた叫びと共に、面・胴・逆胴の三点をほぼ同時に斬りつける。
回避不能なこの高速連撃の放つとき、俺は見た。
転校生が面の中で確かに微笑んでいるのを。
転校生は俺の連撃を前に、守りや回避ではなく、この試合初めての攻めに転じてきた。
「ドオオオォオォオオ!!」
気合のこもった声が響いた。
転校生が行った行動は実に単純なものだ。
ただ単に俺の連撃よりも早く、俺に攻撃した。ただそれだけの事だった。
『胴あり!』
『勝負あり!』
主将の試合を終わらせる声が聞こえた。
俺はほぼ無意識に礼をして、コートを出た。
「お疲れ!拓真!」
「お疲れ様たっくん」
コートを出て防具を外すと宗助と茉莉が話しかけてきた。
「たっくんと呼ぶな」
「いや~。しかし、拓真でも勝てなかったか。途中までいい感じに攻め込んでたのにな」
「おしかったわね」
攻め込んでいた?
おしかった?
他の奴にはそう見えたのか?
「しかし、一本先取なのに五分ギリギリだったな」
「五分?そんなしか経ってないのか?」
「あ、ああ?そうだけど」
自分の感覚的には何時間も戦っていたような感じだ。
それに比例した疲労感もある。
「竜宮」
「主将。スイマセン、勝てませんでした」
話しかけてきた主将に対し、俺は頭を下げる。
「いや、止してくれ。俺も勝てなかったんだ。お前にどうこう言える立場じゃないさ」
主将に申し訳なさそうに言われ、俺は顔を上げる。
「それに、あんないい試合を見せてもらったんだ。第三者が勝敗に拘るのは、野暮ってもんさ」
「…ありがとうございます」
「でもどうせなら、たっくんの勝つところ見たかったわ」
「茉莉…。今いい感じにまとまってたのに、ぶち壊すような事言うんじゃねぇよ」
「けど、そうだよ拓真!せっかく彼女の前なんだから、勝って良いとこ見せなきゃダメだろ!」
「かかか、彼女じゃ無いわよ!」
宗助のからかいの言葉に、茉莉は真っ赤になって応える。
冗談なんだから聞き流せばいいものを。
そんな光景に苦笑していると、
「少し、お話をよろしいですか?」
と背後から話しかけられた。
振り向くと、そこには防具を外した転校生が立っていた。
「お、俺?」
「はい。少々お時間貰えますか?」
「ああ、はい。大丈夫です」
転校生の丁寧な物言いに、俺も敬語になってしまう。
すると転校生はぺこりとお辞儀をした。
「先程は対戦ありがとうございました。私は天野 流と言います」
「俺は、竜宮 拓真と言います。一応、クラスメイトです」
俺が後半部分を付け加える様に言うと、転校生、天野はくすくすと笑って
「知っていますよ。窓際の席に居ましたよね?」
俺の事を知っていたのか。
「それと、私に敬語は必要ありませんよ。呼び方も好きな物で結構です」
「そ、そうか。俺の事も好きに呼んでくれ。え~天野さん?」
「さん付けもいりませんよ」
「あ、天野?」
「ええ、それで結構です。いずれは、下の名前で呼んでもらいたいですがね」
天野はそう言っておかしそうに笑った。
初対面の男に言うセリフじゃないだろ。
「えっと、聞きたいことがあるんだが」
「なんですか?」
「あの剣の腕前。天野も何か剣術を習っているのか?」
「別に、私は特別な剣術は習ってませんよ」
さらに、天野は少し間をおいてから
「私が勝てたのは、刀に対する知識と、刀を握っていた時間の差ですよ」
と、答えた。
知識と時間の差?
「知識はともかく、時間なら俺だって小さいころから竹刀を振ってたんだぞ?そんなに差は無いだろ?」
「いいえ、その差はどうやってもあなたと私の間に存在します」
天野は、やけにきっぱりとした口調で言い切った。
ど、どういう事だ?
「では、私はこれで失礼します」
天野は踵を返し、女子更衣室の方へ姿を消した。
時間の差。
天野は確信を持ったように、差があると言っていた。
同い年の俺と天野の間で、そこまで差が出るのか?
俺が考えていると、
「たっくん、もう終わったんでしょ?早く帰るわよ!」
何故か不機嫌になっている茉莉にぐいぐいと腕を引かれる。
「お、おい、待てよ!まだ着替えてすら無いんだから!あとたっくんて呼ぶな!」
「じゃあ、早く着替えてきなさい!」
「な、なんで怒ってんだよ?」
「早く!」
「はい!」
茉莉に急かされ、俺は駆け足で更衣室に入った。
手早く着替えを済ませ、剣道場を後にすると茉莉は校門のところで待っていた。
「待たせたな」
「…早く帰るわよ」
どうやら茉莉はまだ不機嫌らしい。
帰路を一緒に歩いているが、その間の会話は無い。
「な、なあ茉莉?」
「…なによ」
無言の空気に耐え切れず、話しかけるが返ってきたのは、機嫌が悪いですと言わんばかりの返事だった。
「さっきから、何怒ってんだよ?」
「……天野さんとなに話してたのよ?」
「あ、天野と?」
何故そんな事を聞いてくるんだ?
「天野!?もう呼び捨てにしてるの!?」
「あ、あいつがそう呼べって言ったんだよ!」
鬼のような形相で詰め寄ってくる茉莉に、後ずさりながらも答える。
「あ、天野さんが?ま、まさか!?」
「別に天野と話してたのも、あいつの剣はどこで習ったのか、とか聞いてただけだからな」
「まさかね……そんなマンガみたいな展開に……無いわよね?」
茉莉は俺の話を聞かずにぶつぶつと何かを呟いている。
お前から聞いてきた話題なのに、無視かよ。
「茉莉?聞いてるか?」
「へ?あ、うん。も、もちろんよ!」
嘘の匂いしかしない。
ここまで嘘が下手なやつも珍しいだろ。
「あのさ」
「なんだ?」
「天野さんの事、何とも思って無い?」
茉莉は何か不安そうに、そんな事を聞いてきた。
「別に何とも思って無いが?」
「本当に?」
「ああ」
まあ、京都でのことや、さっきの剣の腕前と色々と気にはなっているが、別に話すことでも無いだろう。
茉莉はその後しばらく俺の事を見つめてきたが、突然笑顔になって
「じゃあ、良いわ。遅くなっちゃたし、早く帰りましょ」
と言った。
理由は分からんが、どうやら機嫌は治ったようだ。
その後は、他愛のない会話をしながら歩き、気が付けば茉莉の家の前に着いていた。
「じゃあね。また明日!」
「ああ、小母さんと小父さんによろしくな」
茉莉が家に入るのを確認して、俺も自分の岐路に立つ。
俺の家と、茉莉の家の距離はあまりないので、俺はすぐに家に着いた。
「ただいま~」
周りにある家々よりかは、一回り大きい二階建ての日本家屋の玄関をくぐった。
「あ!おかえり、拓兄!」
玄関をくぐると、中学三年生の妹、奈々が出迎えてくれた。
「ただいま、奈々。ほかのみんなは?」
「みんなリビングに集まってるよ。もうご飯だから、拓兄も早くしてね」
「ああ、着替えたらすぐ行くよ」
俺はそのまま、二階にある自室に向かった。
自室に入り、部屋着に着替えて、すぐにリビングに向かう。
リビングに入ると、他の弟妹たちはすでに全員テーブルについていた。
「みんなただいま」
「遅いよ兄さん。俺お腹ペコペコだよ!」
「お兄ちゃんおかえり~」
「兄ちゃんおかえり~」
弟妹たちの言葉を聞きながら、自分の席に着く。
そして、上座に座る父さんに
「ただいま、父さん」
と言う。
「おかえり、拓真。では、みんな揃ったな」
俺が席に着くと、父さんが手を合わせる。
それに倣い、俺たちも手を合わせる。
『いただきます』
全員で言ってから食事が始まる。
食事はなるべく全員でとる。
それがこの家、『陽光の家』のルールだ。
この『陽光の家』は身寄りのない子供たちの集まる、いわば孤児院だ。
俺たち五人兄妹と父さんには、血のつながりは無い。
しかし、俺たちは小さい時からここで育ち、本物の兄妹、親子のように育ってきた。
「おかわり!」
食事が始まって数分も経たないうちに、そう言って茶碗を突き出したのは、中学二年生の弟、翼だ。
「ちょっとは落ち着いて食べなさい!」
そう叱りながら、弟妹たちの中では俺に次いで年長の奈々は、茶碗を受け取る。
「おかわり~」
「おかわり~」
「あなた達もゆっくり食べなさい!」
「「は~~い」」
そろって返事をするのは、お互い小学三年生の弟妹、浩史と佳奈だ。
騒がしい、いつもの食卓に苦笑しながら、俺も箸を進める。
『ごちそうさまでした』
食事が終わり、奈々の『宿題がある人は早くやっちゃいなさい』の一言で、弟妹たちは自室に戻って行った。
俺と奈々は食べ終わった食器を洗い、それが終わったら奈々も宿題をやるため自室に戻って行った。
宿題の無い俺は、何気なくリビングに足を運んだ。
すると、そこには父さんがお茶を飲みながらテレビを見ていた。
俺も、父さんと同じように自分のお茶を淹れ、一緒にテレビを見る。
「今日は帰りが遅かったな」
テレビを見ていると、父さんがそんな事を言ってきた。
「ちょっと剣道部に呼ばれてね」
「今日は指導の日じゃないだろう?」
「今日は指導じゃなくて、助っ人に呼ばれてね」
「助っ人?」
「今日、女子の転校生が来たんだけど、ものすごく強くてね。俺も負けちゃったよ」
「お前がか?」
「うん。まったく敵わなかった」
「……使ったのか?」
何を、とは聞かなくても分かった。
「ごめん、父さん。でも、相手は俺の全力を見たがってたんだ。そんな相手に手を抜くなんて、俺にはできなかったんだ」
「いや、その判断は正しい。私がお前でも、そうするだろう」
「父さん」
「試合の詳細を聞かせてくれ」
「そうか、『頂崩し』を使ったのか」
「うん」
「しかし、その少女はいったい…」
「それは、俺にも」
俺は首を左右に振る。
父さんは何か思案していたが、
「まあ、良い。お前も上には上がいると、分かったろう」
と言った。
「うん。まさか、同年代の女の子に剣術を使って負けるとは思わなかったよ」
「……拓真。お前が望むなら、剣道部に入っても良いんだぞ?」
「父さん。それはもう話し合ったじゃないか。俺は、自己鍛錬と、日曜の稽古だけでも十分だよ」
前に言った通り、俺は剣道部には入っていない。
それは、この家の経済状況が関係している。
父さんは、竜宮流刀争術の師範を務めているだけでなく、警察官の剣術指導もしている。
それらの収入で、一応は質素ながらも生活は出来るが、今『陽光の家』に居るのは、幼く、育ち盛りの弟妹たちだ。
あまり文句を言わない弟妹たちだが、少しでも楽な思いをさせてやりたいため、俺は高校に入ってからアルバイトに勤しんでいた。
本当は、中学を卒業したら就職したかったのだが、父さんに
「高校は出ておきなさい」
と言われたため、高校には通っている。
「そうか。お前がそう言うならば、私は何も言わんさ」
「ありがと、父さん」
「礼など言わんで良い。それより、今日はもう遅い。明日も早いのだろう?お前も早く部屋に戻りなさい」
そう言われて時計を確認すると、時計はもう十時を過ぎていた。
「分かった。でもその前にちょっと走ってくるよ」
「この時間にか?」
「ちょっと頭の中をすっきりさせたくて」
「……あまり遅くなるんじゃないぞ」
「分かってるって」
俺は二階に上がり、ジャージをに着替えて外に出た。
十月に入り、もう夜は肌寒いくらいの気温になっている。
俺は玄関先で軽くストレッチをしてから走り出した。
速すぎず、遅すぎない速度で街中を駆ける。
体を動かしている最中は、余計な考えをすることが無く、無心でいられる。
そのせいか俺は、モヤモヤした考え事があると走る癖がある。
その後、どのくらい走っただろうか。
無心で走っていたため、どのくらい時間が経ったのかもわからなくなっていた。
「ふぅ。結構走ったかな?」
気が付くと明星高校の前に立っていた。
走り出した方向は、学校とは逆方向だったはずだ。
どうやら走ってる間に町内を一周してしまったらしい。
「そろそろ戻るか」
頭の中もすっきりとしたし、家に戻ろうと走り出した時
『キィイン』
「…今の音は?」
学校の方向から、まるで金属同士がぶつかった様な音が聞こえた。
「泥棒か?」
もしも泥棒ならば学校の警備システムが作動して、通報されるはずだ。
ここで俺がでしゃばっても、無駄に危険な目に遭うだけだろう。
だが、俺はどうしても校門に背を向ける事が出来なかった。
別に正義感で行くわけでは無い。
ただ、何かに呼ばれるように学校に向かった。
頭の中に話は出来上がってるのに、文章として起こすと難しくなかなか進みませんね。
今回は終わりに事件の香りを匂わせてみました。
剣道の件は、まったくのド素人なので、ネットなどの知識から集めた物です。
その辺りには多々間違いがあると思いますが、もし剣道に詳しく『ここ、おかしいんじゃない?』と言う人がおれば、感想の方にご一報よろしくお願いします。
アドバイスやご指摘・ダメだし・誤字脱字修正などは常時募集中です。