第一話 謎の少女
―――現代より刻を遡る事、千年。
時代は平安。場所は京都。
そこに一筋の光が衝撃と共に舞い降りた。
人々が集まると、そこには子供の大きさ程の石があった。
その石は通常の石とは違い、大男が金づちで叩いても傷一つ付かなかったと言う。
その騒ぎを聞いた当時の天皇は、その時代一番の刀鍛冶にその石を使って刀を打たせた。
天より授かった石で打った刀は切れ味、見目ともに優れ、人々の間では不思議な力が宿ると騒がれた。
いつしかその刀のために寺院が建てられ、刀は信仰の対象にされるほどに。
寺院の名は『流星寺』。刀の名は『天流刀』。
この二つはその後、千年間人々の信仰を集め、その名は現代まで脈々と語り継がれていった。―――
「これが流星寺か!でっけぇな!」
荘厳な寺院を見上げて俺、竜宮拓真はそう叫んだ。
「千年近くもの歴史がある日本でも有数の寺院だって」
長い黒髪を後ろで一つに結った勝気そうな少女、俺の幼馴染の水原 茉莉はパンフレットを読みながら感心した様に言った。
残暑も終わり、涼しくなってきた十月の初め。
俺たち明星高校二年生は今、修学旅行で京都に来ていた。
今日は二日目の自由行動の日で、俺と茉莉は京都の名物『流星寺』を見学しに来ていた。
「中も見学できるみたいね。国宝の『天流刀』も公開されてるって」
「へぇ。じゃあ、行ってみようぜ」
足を踏み入れた『流星寺』の中は外観に負けじと荘厳だった。
決して派手すぎず、しかし気の引き締まる不思議な空気が寺院内を満たしていた。
「…凄いな」
「うん。人がいっぱいね」
俺の呟きを茉莉は違う意味でとらえたようだが、茉莉の言っている事も間違いではない。
茉莉の言う通り、寺院内は人でごった返していた。
観光に来た外国人や、俺たちと同じように修学旅行であろう制服を身に纏った学生が多く見られる。
「さて、本堂はどこだ?」
「う~ん。どこかに案内板みたいなものがあると思うんだけど…」
茉莉の言葉に従って周りをを見渡すが、人が多すぎて見つける事が出来ない。
どうしようかと思った時、背後から肩をとんとん、と軽くたたかれた。
「茉莉?」
茉莉かと思って振り向くと、そこには着物姿の見知らぬ女の子が立っていた。
歳は俺と同じぐらいだろうか。長く艶のある黒い髪を背中にたらした、恐ろしい程に整った顔立ちの美少女だった。
ほんのりと淡い桃色の着物と青い帯には、綺麗な桜の花びらの刺繍が施され、少女の雰囲気をより妖艶なものに変えていた。
「あ~、えっと、なにか用…ですか?」
急に現れた美少女にドギマギしながらも、用件を尋ねる。
少女はふわりとほほ笑むと、無言のまま左を指した。
つられてそっちを見ると、その先には大きな矢印の絵と共に『本堂はこちら』、と書かれた看板が壁に掛けられていた。
「あぁ、あっちが本堂なのか。わざわざ教えてくれて、ありが―――――あれ?」
少女にお礼を言おうと振り返るが、そこに少女の姿は無かった。
いきなり消えた少女に戸惑っていると、
「たっくん?どうかしたの?」
「たっくんって呼ぶな!」
背後から茉莉に呼ばれ、条件反射で返す。
この幼馴染は高校二年にもなるのに、いまだに俺の事を幼稚園の頃からのあだ名で呼ぶのだ。
「良いじゃない別に。細かいこと言うなんて男らしくないわよ!」
「どっちかって言うと『たっくん』呼びを許容してる方が男らしくないと思うんだが」
「そんなことより、本堂の場所は分かったの?」
「…あっちだってよ」
まだ文句を言いたかったがそれを胸中に収め、さっき少女に教えてもらった看板を指し示す。
「へ~。あんなところに看板あったんだ。全然気が付かなかったわ」
「ああ、俺もさっき教えてもらったんだ」
「誰に?」
「さっきそこで会った女の子にだよ。たぶん同い年くらいだと思うんだが」
凄い可愛かったな。
そう言えば、あの少女はどこに行ったんだ?
観光客って感じじゃ無かったし、アルバイトの子か?
「……ふ~~~ん」
「ど、どうした?」
「別に~」
「…なんで怒ってるんだよ?」
「怒ってないわよ?」
「……ですよね~」
め、目が笑って無かった。
表情は笑顔だったのに、目が笑って無かったよ!?
「…なあ、俺何か気に障る事でも言ったか?」
このままギスギスした空気が続くのも辛いので、俺は思い切って茉莉に聞いてみた。
「鼻の下伸ばしていやらしい顔してた」
「そ、そんな顔してないだろ!?」
「どうだか」
拗ねたように言う茉莉に、俺は声を荒げて反論する。
まあ確かに、ちょっと可愛い子だな、とは思ったけど。
決して、鼻の下なんて伸ばしてなかった!……はずだ。
「………今は私と二人っきりなのに」
「え?何か言ったか?」
「な、なんでもない!ほら、さっさと本堂に行くわよ!」
「お、おい!待てって!」
茉莉が呟いた言葉を聞き取れずにもう一度訪ねると、茉莉は顔を真っ赤にしながら俺の腕をぐいぐいと引っ張り、本堂へ早足で向かっていく。
急に態度が可笑しくなった茉莉に首を傾げながらも、これ以上茉莉の機嫌を損ねると後が怖いのでそのまま黙って付いて行く。
「ここが、本堂か」
茉莉に引っ張られるままに本堂に着くと、そこはさっきの入り口以上に人が多かった。
「『天流刀』は奥の祭壇に祀られてるみたいね」
「祭壇…か」
俺は『天流刀』が祀られている祭壇の方を見て、辟易とした。
なぜなら、
「人、多すぎないか?」
「…うん」
ただでさえ本堂は人が多いのに、祭壇の前は『天流刀』を一目見ようとさらに人の密度が凄いことになっていた。
「まあ、ここまで来たんだしな」
「そうね。せっかくの京都だもん」
「良し。行くか」
そう言って俺は茉莉の手を取り、歩き出した。
「ちょ、ちょっとたっくん!?」
「だから、たっくんと呼ぶな!」
「その、この手は?」
茉莉は顔を赤くしながら困惑した様に聞いてきた。
俺は一度足を止め、茉莉に振り返った。
「この人混みの中ではぐれたら俺はともかく、茉莉の方は危ないだろ」
「…心配してくれるの?」
「当たり前の事を聞くな」
そう言って俺は、再び前を向き歩き始める。
「ありがと、たっくん」
「たっくんて呼ぶな」
茉莉はお礼の言葉と共に、繋いだ俺の手を握り返してきた。
その後、俺たちは祭壇までの数メートルを五分以上かけて進み、ようやく祭壇の前にたどり着いた。
「や、やっと着いた」
「さすがに疲れたわね」
くたくたになりながらも、ようやくたどり着いた祭壇は華美な装飾が施されているわけでも無く、ただ一振りの刀がアクリルケースの様な物の中で鎮座しているだけと言っていいものだった。
しかしその刀を見た瞬間、俺は目の前から突風を浴びたような錯覚に陥った。
『やっと見つけた』
そして、透き通るようなきれいな声が聞こえた。
「たっくん!」
「うおぃっ!?」
耳元でいきなり大声を上げられ、変な悲鳴を上げてしまった。
「な、なんだよ?急に大声を上げるなよ。それとたっくんて呼ぶな」
「急にじゃないわよ!さっきからずっと呼びかけてたのにボーっとしちゃって」
さっきから呼びかけてただって?
全く気付かなかった。
「大丈夫?もしかして疲れた?」
「いや、大丈夫だ。…茉莉、さっき変な声聞こえなかったか?」
「変な声?」
「ああ、『やっと見つけた』とか何とか」
「いや?聞こえなかったわよ?」
茉莉には聞こえなかったのか?
じゃあ、さっきの声は一体…。
「本当に大丈夫?さっきからなんか変よ?」
「…少し疲れてるみたいだ」
さっきの変な幻聴や錯覚。
自覚は無いみたいだが疲れているんだろう。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか。時間も良い頃だし」
「ああ、悪いな」
俺がそう言うと、茉莉が驚いた顔で固まっていた。
「たっくんがお礼を言うなんて…。やっぱり疲れてるのね」
「失礼なこと言うな!あと、たっくんて呼ぶな!」
このやり取りのせいで疲れが溜まったんじゃないだろうか。
そんな考えをしながら、祭壇に背を向け帰路に着こうとした時
『フフフフ』
さっき聞こえた声(今度は笑い声だったが)が聞こえた。
俺はバッと振り返ったが、そこには祭壇の方を見ている観光客しかいなかった。
そして、修学旅行三日目、四日目と無事に終わり、週末も過ぎて月曜日になった。
その間、あのへんな幻聴や錯覚は一度も起きていない。
やっぱり疲れていただけだったのだろうか。
そんな事を朝のHRが始まる前の教室で、自分の机(窓際の真ん中)に突っ伏しながら考えていた。
「はい、席に着いて」
教室のドアを開けながら、入ってきた先生がそう言った。
先生の言葉を聞くと、今まで談笑していた生徒たちも自分の席に戻っていく。
俺は週末明けのけだるさから、机に突っ伏したままでいた。
「今日は時期外れだが、転校生を紹介する」
先生が言った『転校生』そのキーワードに教室に居る生徒たちがざわつき始める。
「静かにしろ。……それじゃ、入ってきていいぞ」
ドアの開く音がした直後、
『オオオオオオオオオオ!!』
男子たちの歓声が響いた。
その叫び声に驚いた俺は、机から顔を上げた。
そして、
「…………え?」
唖然とした。
教卓の前に立っていた転校生は、長く艶のある黒い髪を背中にたらした、恐ろしい程に整った顔立ちの美少女、そう、『流星寺』に居たあの少女だった。
別人?いや、あんな美少女を見間違えるはずが無い。
ただの偶然なのか?
一体どんな確率だよ。
とりとめもない考えの中、先生が騒いでいる男子生徒たちをしかる声が響く。
「今日から同じクラスで勉強をさせていただきます。天野 流です。よろしくお願いします」
転校生が自己紹介をして頭を下げると、同時に綺麗な長い髪もさらりと動く。
男子たちがまたも騒ぎ始めるが、俺は違う事に頭がいっぱいだった。
今の声はあの幻聴の声と同じだった。
ど、どういう事だ?
これも偶然だと言うのか?
俺の思い込み?
思考が完全に混乱して上手く考える事が出来ない。
俺が呆然としてると、顔を上げた転校生と目があった。
その瞬間、転校生はふわりと咲いた花の様な笑みをこぼした。
それに反応した男子生徒がさらに騒ぎ始める。
「…一体どうなってんだよ」
俺の呟きは男子生徒の騒ぎ声に飲まれ、消えていく。
今までは二次創作の小説を書いていましたが、思い切ってオリジナルに手を出してみました。
初めてのオリジナル小説を投稿すると言う事で、不出来な部分や調べたりない部分などが、多々有ると思います。
アドバイスやご指摘・ダメだし・誤字脱字修正などは常時募集中です。