農家な俺とパーカーなアイツの放課後
「やっばいな…、絶望的に遅刻ムードじゃないか」
時は放課後、1-1の教室。俺はポツンと箒をもってそこに立っている。当然のことながら周りには誰一人いない
ご察しの通り掃除を押し付けられたのだ
まあなんというかいつものことなので別にそれ自体に不服はない。むしろ俺はこの道のプロみたいな所があるので掃除を押し付けてくれないほうがかえって違和感がある…なんて言うと思ったかクラスメイト共。俺だって用事がある日もあるんだよ
そう、今日は西園さんと一緒に生徒会について詳しく話をするという今まで人生で女子との会話が皆無だった俺にとっては超重要イベント。エロゲとかで言うと絶対に外せない好感度イベント。つまりこれによって西園ルートのフラグが立つというわけだ。…ついでに黒川ルートも立つことになるが、それは正直どうでもいい
そういうわけだから俺は一刻も早く帰りたいというのに、人間とはなんと無情な生き物なんだろうか。転校2日目の生まれたての小鹿のように弱っているクラスメイトに何も言わずに箒を渡して帰ってしまうなんて…。ああ無情、世の中は常に無情だ…
「本当クラスメイトとか死ねばいいのに。いや、むしろ巨乳美人以外は絶滅したら世界は超平和になるんじゃないのか?」
そうだ、そうに違いない
この世の中には俺と選びぬかれた巨乳美人だけが残る。つまりそれは強制ハーレム状態というわけだ
いや待て、そうすると俺を奪い合うことで争いが起こる。平和にはならないじゃないか
「くそ、浅知恵だってわけかよ…。俺は、俺は巨乳を守れないのかよ…!!」
ガクリと膝をつく俺。ガラリと開く教室のドア
目が合う俺とクラスメイト。窓に向かって走り出す俺。ちなみにここは3階だ
「さらば名も知らぬクラスメイト」
「ちょっとまてぇええ!!」
飛び降りようとする俺をクラスメイトががっしり押さえ込む。やめろ、ひとおもいに死なせてくれ。クラスメイトにあんな光景見られたら100パーセント『変態巨乳』という不名誉なあだ名をつけられるに決まっている。いや…不名誉ではないかもしれないが、とにかくもう生きることはできない。さよなら俺の学園ライフ。さよなら西園さん、最後にそのメロン様を収穫してみたかった
「ちょ、仲間!お前手の動きが変だぞ!?」
「うるせぇー!死ぬ直前には性欲が高まるっていうだろうが!!」
「性欲関係の手の動きなのかコレは!!」
「メロンを収穫してんだよ!西園メロンだよ!!」
「ちょ、名産品じゃねぇか!!やめとけ名産品すぎるだろ、手がとどかねぇぞ!!」
そう言われてハッと気づく。そうだ、貧乏民には高級メロンは手の届かないものだった。そんなもののために死ぬのはバカらしい
「そうだな…。俺が間違っていたよ」
「お、おう……」
そこでまたハッとする。今俺は誰と話している。しかも今の俺の話し方は完全に素のものだ。俺が今まで築き上げたキャラが崩れ去ってしまう。…あ、2日で築きあげたものもなにもなかったな
「仲間…なんかイメージと違ったな」
しまったぁああああああ!!!
「い、いや今のは僕ではなくて…」
振り返った先にいたのは元木友輔
青色の髪の毛にややたれている目、顔は割と整っている方だろう。認めるのは非常に癪だが
俺は元々人間観察が趣味だが、コイツの場合は一発でクラスの立場がわかった
クラスに一人はいるムードメーカー、みんなの人気者。そういうタイプの人間だ。つまり俺が一番嫌いなタイプ。誰とでも仲良くできて楽しい学校生活を送れる。俺らのような存在の痛みなんて気づかないで一生を終えることができる幸せ者だ
そうだ、ただの嫉妬だとも。嫉妬して何が悪い
そのブレザーの下に着ているパーカーとか何なんだ。ハッ!にあってるとでも思って…思って……
「似合ってるんだよなぁ…」
「は?」
実に腹立たしい男だよ。一体何の用だ、とっとと放してくれ
「よかった、まだいたんだな。探してたんだよ」
何を突然言い出すんだこの男は
「あ、俺は元木友輔ね。よろしく!」
知ってるわバカ。頼むからそんな綺麗な目で俺を見るな。その目に映る俺を見てお前との差を実感し死にたくなる
「んで話っていうのは妃鬼のことなんだけどさ」
「キサキ?」
「そ、西園妃鬼」
ああ、西園さんのことか。さすがイケメンリア充様、美女の名前を呼び捨てですか
「実はアイツとは幼稚園の時からの付き合いでさ。腐れ縁ってやつ?」
ほほう、美人の幼馴染ですか。アレですな
リア充と根暗は生まれたときからすでにその運命を決められてるんですな
ハハ、腐れ縁?お前が腐れ!腐ってバイ○ハザードみたいになれ!!
「…なんかやたらと敵意がこめられた視線を感じるんだけど」
「気のせいじゃないですか」
「そ、そうか…で、妃鬼のことね」
どうせ「実は俺ずっとアイツのこと好きだったんだよね。だからこのラブレターを渡しといてくれないか?」ってイケメンスマイルで言うんだろ?ラブレターっていう発想自体が古いっていうツッコミならスルーだぞ
「アイツさ、大変だろ?」
「…は?」
おいラブレターはどうした。さっさと出せ
「アイツ入学した時から生徒会に入るって騒いでてさー。けどこの前の生徒会選挙は結局メンバーがいなくてダメだったんだよ」
何の話だ。俺にもわかるようにしゃべってくれ
「けどさ、アイツ本気でこの学校の頂点に立ってこの学校を変えようとしてるんだよ」
もう心の中でつっこむのも止めた。こいつの目があまりにも真剣だったからだ
「俺はさ、ダメだったんだよ」
「なにがですか?」
「お前…仲間みたいにはなれなかったよ」
いくら俺でも今のはわかった
こいつは西園さんに誘ってもらえなかった。幼馴染であるのに自分を選んでもらえずに突然現れた俺にその立場を取られた
つまりこいつが言いたいことはこうだ
殴らせろ
「勘弁してください!!」
「なぜいきなり土下座!!?」
「実は今日はもうすでに見ず知らずのヤンキーに殴られているんです!!」
「え、あ、うん…ハ!?見ず知らずの!!?」
「だから明日まで…明日まで待ってくれませんか!!!!?」
「何の話!!!!???」
悪いな元木、俺のライフはとっくにゼロなんだ
「いや、よくわからないけどそういう話じゃないんだ」
「……蹴りですか?」
「うん、とりあえず一回黙ろ?な?」
「……はい」
「仲間。お前だから頼むんだよ」
「お…僕にだから、ですか」
「妃鬼をさ…」
「見捨てないでやってくれよな?」
「あ、ヒラくん!!」
「なんだ、来たんだ…」
学校から10分程度の場所にあるお洒落なショッピングモール。そこの俺なんかは明らかに場違いなカフェに2人がいた
「すみません、掃除が長引いて」
「…どうせ掃除を押し付けられたんでしょ?」
黒川、お前はエスパーか。まあ途中から元木が手伝いを申し出てくれたが…あとで何を請求されるかわからないから丁重にお断りした
「よし!とにかくこれで西園組勢ぞろいだね!!」
なんですかそのヤーさんみたいな名前。勿論口に出しては言わないがもしかすると西園さんはネーミングセンスが無いのかもしれない。いや、多分ない。俺のことを「ヒラ」なんて呼ぶあたり
「とりあえず今は来年の生徒会選挙を目指していくつもりだから全員そのつもりで!」
「…わかった」
「はい」
伊丹高校の生徒会選挙は5月らしい。今は6月だから一足遅かったという感じか。別に悔しくともなんとも無いが
「で、今は私たちの好感度アップが大事だと思うの」
「西園組の好感度…」
「そ、西園組の好感度」
西園さんがいる時点でそれなりに好感度は高いとも思うのだが…男女問わず人気がありそうだしな。生徒会の選挙なんて大体そういうヤツが勝つんじゃないかと思っていたのだけれど違うのだろうか
「というわけで不良能力者をとっちめましょー!!」
「はい?」
意味がわからない俺に答えを突きつけたのは黒川だった
彼女の手には一枚の紙がある
「…これ」
「窃盗事件に注意…?ああ、そういえば学校に張られてたような」
「はがしてきた」
「ダメじゃないんですかそれ!!」
「…敬語キモイ」
ツッコミどころは敬語じゃないだろうがチビクロ。お前の行動が一番キモイ…いや怖いよ
「…言いたいことがあるならはっきり言って」
「いいえ、ありません」
早くも険悪ムードだ。こいつとは仲良くなれる気が微塵もしない
「ま、まあまあ落ち着いて。仲良くね?」
すまない西園さん。いま心の中でその可能性を全否定した所だ
「とにかく!この窃盗…もといカツアゲをしている生徒をとっちめて好感度をガツンとアップよ!」
「…つまり相手は不良ってことですか?」
「もちろん!!」
死んだな、俺…
俺みたいな人種が一番苦手なのは不良さんなんだが西園さんにその気遣いを求めるほうがバカだな
もりあがる西園さんと冷めた目ながら作戦の案を出す黒川。はやくも俺いらないんじゃね?状態だ
元木の心配も徒労で終わるだろう。見捨てるとしたら西園さんから俺のことを見捨てるに決まっている
それに俺が彼女を見捨てることは絶対ありえない
見捨てるほど彼女のことを知ろうなんて、全く思っていないからだ