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神は、間に合わなかった  作者: 臥亜


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9/11

第九章 世界の崩壊

最初は、ニュースだった。


「原因不明の昏睡状態が全国で発生」


「奇跡的回復の事例が激減」


「医療機関、対応に追われる」


テレビのアナウンサーの声は冷静だった。


でも、画面の下を流れるテロップは、明らかに異常を示していた。


“奇跡的生還率、前年比82%減”


僕はリモコンを握りしめる。


背後で、神が立っている。


以前より、薄い。


けれど消えてはいない。


「影響が出始めた」


神は淡々と言う。


「君たちが奇跡を拒んだ結果だ」


胸がざわつく。


「俺たちのせいだって言うのか」


「選択には波及がある」


神の声は静かだ。


「奇跡を望む者が減れば、世界の“補正”は弱まる」


補正。


まるで世界がバグを修正するかのような言い方。


翌日、学校でも噂は広がっていた。


交通事故の生存率が下がった。


重病患者の回復例が消えた。


「昔はさ、助かったのにってケース多くない?」


クラスメイトの声が、妙に現実味を帯びる。


凛は黙っている。


その横に、神。


薄く、しかし確実に。


放課後、校門前で救急車が止まる。


担架で運ばれる生徒。


心停止。


誰かが言う。


「前なら助かったかも」


その言葉が、胸に刺さる。


凛の指が、わずかに震える。


神が囁く。


「世界は、奇跡を前提に設計されている」


「君たちが拒めば、余剰は消える」


「余剰?」


「救われるはずだった命」


冷たい言葉。


凛が小さく言う。


「……私のせい?」


「個ではない」


神は答える。


「選択の連鎖だ」


だが、その視線は明らかにこちらを向いている。


夜。


河川敷。


空気が重い。


「もし」


凛が言う。


「私が契約してたら」


言葉を飲み込む。


「何か変わってたのかな」


答えられない。


神が代わりに言う。


「一人の強い願いは、均衡を保つ力になる」


「犠牲があるほど、奇跡は強くなる」


その理屈は、あまりに美しい。


あまりに危険だ。


「じゃあ」


凛の声が震える。


「誰かが犠牲になれば、みんな助かるの?」


神は微笑む。


否定しない。


僕は言う。


「それは、脅しだ」


「現実だ」


神が返す。


「奇跡は有限だ」


「無償ではない」


遠くで、救急車のサイレン。


また。


凛が耳を塞ぐ。


「やめて」


神は続ける。


「君の弟一人ではない」


「君が選べば、数百が救われる可能性もある」


世界規模の天秤。


個人と多数。


最悪の問い。


凛の瞳が揺れる。


「私が、世界を救える?」


その瞬間。


神の輪郭が、わずかに濃くなる。


危険だ。


「凛」


声がかすれる。


「それは、お前が背負うものじゃない」


「でも、見過ごしていいの?」


涙が浮かぶ。


「私が拒んだせいで、誰かが死ぬなら」


胸が締めつけられる。


神が静かに言う。


「英雄とは、そういう存在だ」


違う。


それは、依存の完成形だ。


「凛」


近づく。


「世界は、お前一人に救われるほど軽くない」


神の視線が鋭くなる。


「無責任だな」


「責任ってなんだよ!」


叫ぶ。


「全部救えないなら、全部自分のせいなのか!?」


沈黙。


川の音。


遠くのサイレン。


凛は震えている。


選択が、再び迫る。


今度は個人ではない。


世界。


神が最後の一押しをする。


「君が契約すれば、均衡は回復する」


「奇跡は戻る」


「救われる命が増える」


凛の手が、わずかに光へ伸びる。


また、あの光。


世界を救う代わりに、誰からも愛されなくなる契約。


僕は、凛の手を掴む。


強く。


「選ぶのは」


息が荒い。


「世界のためじゃない」


凛の瞳が、こちらを見る。


「自分のためだ」


神の光が揺れる。


「自己中心的だ」


「そうだ」


否定しない。


「それが人間だ」


凛の手が、止まる。


神の輪郭が、再び薄くなる。


だが。


消えない。


神は言う。


「では問おう」


静かな、最後通告のような声。


「君たちは、奇跡のない世界を本当に受け入れるのか?」


空気が凍る。


遠くで、またサイレン。


凛の手は、まだ震えている。


答えは、まだ出ていない。


世界が揺らいでいる。


そして。


神は、まだここにいる。

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