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神は、間に合わなかった  作者: 臥亜


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8/11

第八章 選ぶということ

神は消えなかった。


凛の部屋の隅で、輪郭を薄くしながら立っている。


契約は結ばれていない。

だが、存在は続いている。


未練がある限り。


それから数日、凛は学校に来なかった。


僕は毎日、彼女の席を見る。


空白。


そこに神だけが立っている光景を想像して、息が詰まる。


奇跡は発動していない。


でも、痛みは消えていない。


放課後、河川敷に向かう。


母が入院していた病院が見える場所。


夕焼けが、水面を赤く染めている。


「来ると思った」


背後から声。


振り返ると、凛がいた。


制服ではない。

私服。

少しだけ、やつれている。


その隣に、神。


まだいる。


「なんでここ」


「なんとなく」


凛は僕の隣に座る。


少し距離がある。


でも、以前より近い。


沈黙。


川の流れる音だけ。


「私ね」


凛が口を開く。


「ずっと、自分が悪いって思ってた」


小石を拾って、水に投げる。


波紋が広がる。


「罰がほしかったのかもしれない」


静かな声。


「弟がいない世界で、笑う資格ないって」


胸が痛む。


「でも」


凛は続ける。


「あなたが怒ったとき」


視線が、こちらを向く。


「初めて、誰かが私の代わりに怒ってくれた」


言葉が出ない。


「ずっと、私一人で抱えるものだと思ってた」


風が吹く。


神が、わずかに目を細める。


「蒼」


凛が名前を呼ぶ。


「あなたは、どうして願わなかったの?」


核心。


逃げられない。


しばらく水面を見つめる。


「願ったよ」


小さく言う。


「何百回も」


凛が息を呑む。


「夢の中で、病室に戻る」


あの日。


母の手。


冷たい指。


「あと五分早ければって、何度も思った」


拳を握る。


「神がいたなら、助けてくれって」


喉が震える。


「でも、もし戻ってきた母が」


言葉を選ぶ。


「俺を見なかったら」


凛の瞳が揺れる。


「存在として認識されなかったら」


風が止む。


「耐えられない」


それが本音だった。


「だから、願わなかった」


凛は黙って聞いている。


「怖かったんだ」


自嘲気味に笑う。


「奇跡が失敗するのが」


しばらく沈黙。


川の音だけ。


「弱いね」


凛が言う。


優しく。


「うん」


否定しない。


「弱い」


神が、静かに口を開く。


「弱さは選択を鈍らせる」


その声は、前よりも遠い。


凛は神を見ずに言う。


「でも、強さって何?」


神は答えない。


凛がこちらを見る。


「願わないことが強いの?」


「違う」


即答する。


「願うことも、願わないことも」


少し考える。


「どっちも怖い」


凛の目が、わずかに笑う。


「じゃあ、何が違うの?」


夕日が沈みかける。


赤が、紫に変わる。


「選ぶこと」


ゆっくり言う。


「失う前提で、それでも選ぶこと」


凛は静かに息を吐く。


「弟が戻らない世界を選ぶ」


確認するように。


「うん」


「苦しいまま、生きる?」


「うん」


凛は目を閉じる。


涙は出ない。


「それって、救いなのかな」


わからない。


でも。


「奇跡じゃない」


はっきり言う。


「でも、嘘じゃない」


沈黙。


神の輪郭が、さらに薄くなる。


凛が立ち上がる。


「もう少しだけ」


振り返る。


「一緒にいてくれる?」


心臓が鳴る。


「いる」


即答だった。


凛は、ほんの少し笑う。


大きな笑顔じゃない。


でも。


初めて、無理をしていない笑顔。


神が、初めて不安そうな顔をする。


契約ではなく。


依存ではなく。


“選択”で結ばれる関係。


それは、神の領域外だ。


空が、完全に暗くなる。


奇跡は起きない。


弟は戻らない。


母も戻らない。


それでも。


隣に、誰かがいる。


それは奇跡じゃない。


ただの、選択だ。


神の輪郭が、わずかに揺れる。


まだ消えない。


でも、確実に弱っている。


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