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神は、間に合わなかった  作者: 臥亜


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第十章 最後の奇跡

その夜、世界は止まった。


本当に、止まった。


時計の秒針が止まり、風が止み、川の流れが凍る。


凛の涙が、頬の途中で静止する。


動いているのは、僕と神だけだった。


「最終確認だ」


神は言う。


輪郭が、これまでで最も鮮明になっている。


「奇跡を拒み続ければ、均衡は崩れる」


「救われるはずだった命は、救われない」


街の光景が周囲に浮かび上がる。


病室。

事故現場。

泣き崩れる家族。


“もし奇跡があれば助かった可能性”。


その映像が、いくつも重なる。


「だが」


神は続ける。


「誰か一人が、強く願えばいい」


凛の姿が浮かぶ。


光に包まれ、世界が修復されていく映像。


救急車の中で心拍が戻る。


医師が「奇跡だ」と呟く。


笑顔。


歓声。


「犠牲は一人」


神が言う。


「救済は多数」


喉が乾く。


「それが秩序だ」


僕は、凍った凛を見る。


この世界で、彼女だけが切り離される未来。


弟は生きる。


世界も救われる。


でも、彼女は孤独になる。


「どうしてそこまで奇跡に固執する」


問いかける。


神は初めて、わずかに目を伏せた。


「私は願いから生まれた」


静かな告白。


「人間の“間に合ってほしかった”という感情」


胸がざわつく。


「後悔」


「取り戻したいという執着」


「それらが形を得た存在」


神は、光ではなくなりつつある。


どこか、ひび割れている。


「君たちがそれを拒めば」


「私は消える」


沈黙。


「消えれば、奇跡は完全に消滅する」


世界は、ただの因果に支配される。


事故は事故のまま。


死は死のまま。


「それでもいいのか」


問いは、鋭い。


僕は凛を見る。


彼女は時間の中で止まっている。


泣き顔のまま。


「奇跡がなかったら」


僕は言う。


「母は死んだままだった」


「そうだ」


「でも」


息を吸う。


「奇跡があったら、母は俺を見なかったかもしれない」


神は黙る。


「奇跡って」


言葉を探す。


「都合のいい未来だけを保証しないだろ」


「当然だ」


「代償がある」


そこだ。


「じゃあ、代償のない奇跡は?」


神が眉をひそめる。


「存在しない」


「本当に?」


一歩近づく。


「代償が“誰か一人”に集中するから歪むんじゃないのか」


神の光が揺らぐ。


「奇跡を起こす力が有限なら」


言葉が、はっきりしていく。


「みんなで背負えばいい」


神の目が大きく見開かれる。


「分散……だと?」


「一人を孤独にするんじゃなくて」


胸が熱くなる。


「痛みを消さないまま、少しずつ軽くする」


神の輪郭に亀裂が入る。


「それは奇跡ではない」


「そうだ」


はっきり言う。


「だから、いらない」


沈黙。


世界が静まり返る。


「奇跡は、後悔から生まれた」


神が呟く。


「だが君は、後悔を抱えたまま進むと言うのか」


「うん」


震えるけど、言う。


「取り戻さない」


「失ったまま、生きる」


神の身体が、崩れ始める。


光が剥がれ落ちる。


「それでは」


声が弱い。


「私は」


「消える」


神は、理解した。


自分の存在意義が、否定されたことを。


「最後に一つだけ問う」


かすれた声。


「君は、奇跡を完全に消す覚悟があるか」


ここで、最大の選択。


奇跡が消えれば。


これから先、誰も“偶然助かる”ことはない。


確率は確率のまま。


残酷な世界。


でも。


凛が、凍った時間の中でいる。


彼女は、自分を犠牲にしようとした。


世界のために。


弟のために。


それは、奇跡に依存した優しさだ。


「ある」


答える。


神の目が閉じる。


「では、これが最後だ」


世界が白くなる。


凛の時間が動き出す。


涙が落ちる。


光が、消える。


神の姿が、砕ける。


「ありがとう」


最後に、神はそう言った。


「人間よ」


光が、完全に消えた。


静寂。


時計が動き出す。


風が吹く。


川が流れる。


凛が、僕の手を握っていることに気づく。


「……蒼?」


彼女は周囲を見回す。


「光が」


「消えた」


僕は言う。


神はいない。


空には、ただの夜。


遠くで、救急車のサイレン。


今度は、止まらない。


奇跡は、戻らない。


でも。


凛はここにいる。


僕もいる。


「終わったの?」


凛が聞く。


「うん」


答える。


たぶん。


世界は、奇跡を失った。


完全に。


そして。


僕たちは、取り戻さない未来を選んだ。


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