55 はなちゃん
「なんで、花菜がこの写真を持ってるの……?」
倒れた新しい写真立ての向こう側にある古い写真。
そこには古い建築の前で、二人の少女が一緒に写真に写っているものであった。
一人は黒髪を肩で切り揃えた快活そうな女の子。
一人は茶髪で長い髪を前で二つにおさげにしている女の子。
年のころは小学校中学年ぐらいだろうか。
花菜は見せたこともない俊敏な動きで、手前で倒れていた写真立てを元の位置に戻して少女の写真を見えなくした。
「こっ、おっ…れぇはぁ……」
言葉が途切れ途切れになる花菜。
「でも……村雲さんのところのはなちゃんだって……。髪型も髪色も全然違うし……。喋り方も……。というか、顔付きだって……いや面影は……」
響が先程とは一変、真剣な顔で分析を開始している。
この写真は花菜にとって、隠さないといけないものだったのだが……あまりに気が動転して倒して見えなくすることすら忘却してしまっていた。
そもそも、元々隠れているというのも悪かったのかもしれない。
隠さないといけないものだらけだったので返って開き直ってしまったのも拍車をかけた。
ちなみに本棚にある手近なアルバムを開かれてもアウトであった。
「あのー……花菜さん……」
「なんで急にさん付けなの?」
「お母上の旧姓は、なんとおっしゃるのでしょうか……?」
響が唐突に改まった態度で尋ねてくる。
「ノッ……ノーコメントで……」
しかし、質問は的確だったのか花菜は答えに窮することになる。
「では、小さいころの相性は……はなちゃんだったりしましたか……?」
「同じく……ノーコメントでぇ……」
苦しい受け答えが続く。
鋭すぎる質問が花菜をえぐる。
正解である。
「プールに入ると髪が茶色くなるとのことでしたが、小さいころ水泳教室に通われていたりなどは……」
「ひえっ……ノーコメントですぅ……」
花菜は既に響と目を合わせることができない。
薄っすらと嫌な汗まで浮かんできている。
ちなみに、正解である。
これに関しては、響の理解度の早さと質問が的確過ぎた。
花菜の受け答えが、この状況下ではノーコメントに足りえない。
「えぇ……ということは……。この件に関しましては、私の考える限り全責任は芳川響にあるかと存じますぅ!」
「うぇえぇ⁉」
響は立ち上がると持っていたお茶を机に置き、最敬礼より深く頭を下げてきた。
長い髪が床に舞う。
すべてを理解したとばかりに、響が最速の行動をとる。
「私の不徳の致すところなのですが、許されるのであれば申し開きをさせていただけないでしょうか!」
「許す許さないとかじゃないので、結構ですぅ!」
「許可がいただけたということで!」
響が頭を上げてカッとこちらに目線を向けてくる。
「そっちの結構じゃないよ⁉ 話し通じてない⁉」
響が頭を上げてくれたのはいいのだが、一向に花菜の意向が通じていない。
「まず花菜さん、非常にお美しくなられておいでで……。それと、髪色が違っておりまして……。苗字も違うことから……不詳芳川響、はなちゃんのことに気付けませんでした……!」
「確定事項として扱われてっ⁉」
言い終わると、響が再度頭を下げてくる。
あくまで花菜はノーコメントとして推測の域を出ないはずなのだが、響の中では完全に点と点が繋がって線になっているようだった。
「あのっ、違いますぅ……響ちゃんの見間違いですぅ……勘違いですぅ……」
「そんな、ハハハ……。もう……他にもなにから謝ればいいか……」
「今日、話聞いてくれない度凄くない⁉」
響は人の言うことを聞かないところがあるが、今日はまるで言葉が届かない。
混乱しているのかもしれないが、花菜も混乱しているのでなにもフォローすることができない。
「ああ! そうだ! とにかく、あのころ……なんの挨拶もできずに引っ越しちゃってごめん……!」
「いやっ……そのっ……それは……そのぉ……」
花菜としては認めるわけにはいかないので、なんとも答えられずにアワアワすることしかできずにいる。
「あのあと休みになったら戻ろうとしたんだけど、私があまりにはなちゃんに執着するのが見るに耐えない状況だったらしく止められちゃって……。小学生だったし……」
話している響が段々と涙ぐんでいる。
「ううっ……はなちゃん……!」
「響ちゃん……?」
響の目尻から、ポロリと涙が零れた。
「うわーん! はなちゃーん! 会いたかったーっ!」
それを切っ掛けに感情が決壊したのか、あの芳川響が幼子のように気持ちを吐露しながら泣き始めてしまう。
そして、とうとうその場にへたり込んだ。
「えっ……えっ……」
ひたすら困惑する花菜だったが、とりあえずティッシュを数枚取ると響の目元に宛がってあげた。
涙でメイクが落ちて、酷いことになっていた。
どうやら響が余裕がないと言っていたのは本当だと花菜は感じた。
それが今回のことが切っ掛けで決壊したのかもしれにない。
本来の響なら、このような姿を見せることはしないであろう。
「はなちゃん……何処にも行かないで……」
響がうわ言のように泣き声で呟く。
そして、花菜のワンピースをギュッと掴んできた。
「はなちゃん、ここにいるよぉ……だからぁ安心してぇ……」
花菜は囁くような喋り方で、響に向かって声をかけた。
あの日あのころ、幼かったころのような喋り方で。
それを聞いた響は、ハッとしたような視線を花菜に向けてくる。
それは涙で濡れそぼって視界が歪んでいるであろうが、確かに面影を花菜に重ねたようであった。
そして、改めて涙がその瞳から溢れ出た。
「うああああああ……」
花菜は子供をあやすように……慈しむように響の背中を撫でてあげた。
安心したのか、響の泣き声が段々と小さくなっていく。
「ううっ……ううっ……」
「大丈夫……だよぉ……」
「はな……ちゃん……」
響が引っ越したのは小学校高学年のころ。そして、これはその前の話。
相原花菜と芳川響は、幼少のころに会っている。




