53 あなたしかいないってこと?
階下のキッチン。
花菜は慣れた手付きで湯を沸かしながら、冷凍庫から氷を取り出してアイスティーを作る準備を始める。
(分からない……)
響の真意がまったく読めずにいる。
自分があんな返事をしたのに、何事もなかったかのように……いや吉事があったとすら言えるような雰囲気を纏った響が家に直接訪問してきたのだ。
花菜の混乱は最高潮に達そうとしている。
もはや、恐怖に近い。
「花菜ちゃん、これ芳川さんがお土産に持ってきてくれたお菓子よ」
「あっ、うん……」
「花菜ちゃん、これ好きでしょ?」
以前花菜が響に好きだと言ったことがあった菓子店のカステラの包みを母がこちらへと持ってくる。
(響ちゃん……覚えててくれたんだ……)
花菜が言ったのは、ほんの軽い日々の雑談程度だったはずである。
それでも響が覚えていてくれたという事実が、こんな状況の中だというのに心に染みた。
「お持たせになっちゃうけど、一緒にいただいちゃいなさい」
「うん、ありがとう」
「お礼なら、芳川さんにね」
「うん、そうだね……」
通常なら楽しみなのだが、今は不安でそれどころではなかった。
母親の手前、そういうものを表に出すことはしないが。
(まずは、どういうつもりでウチに来たのか……尋ねないと……)
響の意図がまったく読めない今、それが先決である。
「あと、花菜ちゃん。これ、芳川さんから」
花菜が決意を新たにしていると、そう言って母親は一輪のピンクのバラを差し出してきた。
「へっ?」
そういえば、会話で花がどうこうと話しているのが聞こえたかもしれないと思い返す。
だが、ピンクのバラとは意表を突かれて花菜は素っ頓狂な返事しかできなかった。
「日頃の感謝なんですって。今の子は、なんだかオシャレね」
「そう、かな?」
友達同士で花を送る風習は、花菜はあまり聞かない。
とりあえずバラを送ることはしないだろう。
母親が間違った現代知識を手に入れそうだが、ここはスルーすることにした。
「花菜ちゃん、このお花どうする?」
「と、とりあえず……花瓶に活けておいて……」
「折角のプレゼントだし、お部屋に飾るでしょう?」
「そ、そうだね。あとで取りにくるよぉ……。今は待たせちゃってるから」
「そうね。いい感じの一輪挿しの花瓶あったかしら?」
そう言うと、母親は花瓶を探しに行ってしまった。
花菜は、ピンクのバラから響が只ならぬ状態で自宅に訪問してきたことを悟る。
用意するグラスを持つ手が震え、カランと氷が鳴った。




