50 響はかけられていたボタンに気付く
響は部屋で一人、花菜からの最後のメッセージを眺めていた。
暫く呆然としたまま動けずにいる。
昨夜は一睡もできなかった爛々とした瞳が、ローテーブルの上に載ったスマホの画面を見続けていた。
絶望感の滲む虚ろな瞳。
「ハッ……」
空気を吐き出すような声が響の口から漏れた。
「アハッ……アハハハハハ……」
それは徐々に笑いへと変わっていく。
そして、それと共に響の表情も段々と陶酔したようなものへと色を変えていった。
あんなに執着していたスマホからも目を離し、立ち上がった。
「アハッハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハ!」
完全に満たされたような表情になった響は、心底おかしいものを見たように笑った。
「アハッ……クフッ……アハハッ……」
ひとしきり笑い、笑いが収まってきた響は目に涙さえ浮かべていた。
そして、そのままの足で部屋を出る。
洗面台に向かうと、自分の顔を見た。
酷い顔がそこにはあった。
若さもあってか一晩程度で隈はできていないが、どこか憔悴した顔をしていた。
これではいけないと響は思う。
とりあえず、湯に浸かって身体を整えようと考える。
洗面台から出ると、湯張りをするためリモコンを操作する。
昨晩からなにも食べていないのだから食べなくてはともと思い、湯を張る間に炊飯ジャーにご飯を仕掛ける。
外食でも良かったが、ここは花菜から教わったレシピで自分で作るのがよいだろうと思った。
献立をなににしようかと思い悩む。
花菜のレシピは簡単なものだが、多岐に渡っている。
響のことを考えて作ってくれたのが分かる。
響は、花菜の作ってくれたレシピノートのコピーを手に取った。
手書きのレシピを見ているだけで、嬉しい。
これだと思い、一枚引き抜く。
以前作ったこともあるし、簡単なものだ。
失敗はしないだろう。
身体を清めて血行をよくし、栄養を摂取する。
そして、全てが終われば次は買い物だと意気込む。
あれを買わなければこれを買わなければといろいろと算段を立てていく。
「~~♪」
響は鼻歌まで歌いながら、機嫌がすこぶるよさそうにこの後の予定を思い描く。
この間の芳川響は、生まれてこの方味わったことのない全能感に支配されていた。
もちろん、絶え間なく思い浮かべているのは愛しい相原花菜のこと。
響はボタンの掛け間違いが最初ではなく、もっと以前であることに気付いた。
花菜は自身と関わるつもりなどなかったのだろうと思い至る。
となれば、あの日花菜に近付けたことはなんとも僥倖なことではないかと歓喜すら覚えている。
ああ、待っていて愛しい人。
見付けた。
見付けた。
見付けた。
運命の人。




