49 これでおしまい
「花菜ちゃん、大丈夫?」
相原家の花菜の部屋、横になっている花菜のことを心配して母親が声を掛ける。
「うん……」
相原花菜は、休みの日も定刻通り起きる人間である。
それが、今日に限っていつまで経っても起きてこない。
時刻は朝と昼の中間辺りといった時間帯であった。
「なにかあった? 身体辛い?」
「ううん、なんにもないよ。身体も大丈夫。お母さんの心配することなんて、なんにもないよ」
花菜はそう返すものの、瞼は少し腫れぼったい上に顔色は優れない。
母親は手を伸ばして、検温のために額に手を当てた。
それが冷たくて気持ちよかったのか、花菜はスッと目を細めた。
「熱はないようね……」
「うん……」
「朝ご飯作ってあるから、食欲あったら食べに降りてきなさいね」
「ありがとう、お母さん……」
花菜は基本的に手のかからない子供であった。
料理や家事に関しては積極的に手伝いをするので、両親共に助かっているほどである。
両親も一人娘である花菜をとても愛してくれた。
小さいころは母親が時短で帰ってきてくれていたので、花菜としても寂しい思いはさほどしなかった。
「辛いことがあったら、なんでも言うのよ?」
「分かった……」
そう言い残すと、母親は花菜の部屋を後にする。
若干後ろ髪を引かれるような感じではあったが、今はそっとしておこうという心遣いではあったのだろうか。
「なんでもは……言えないなぁ……」
一人になった部屋で、花菜はごちた。
相原花菜は両親を愛している。
育ててくれた感謝もあった。
だが女性が好きである自分は、裏切っているのだという罪悪感のようなものを常に感じていた。
なので、両親にもこのことは一切悟られないように生きている。
そういう意味で、花菜は孤独だった。
ある程度学校で交友関係もあり、クラスでも浮くようなことはなかった。
部活でも先輩からはかわいがられているし、同級生とは仲がよく、後輩からは慕われていた。
それは素の自分でもあったし、何処か一線を引いている自分でもあった。
人は誰しもよい部分を社会で見せていく生き物ではあるが、花菜はそれが顕著なのかもしれない。
そしてその線引きが家族にまで波及している。
(このまま、夏休みまで休んじゃおうかなぁ……)
そんな考えが花菜の脳裏を過る。
(でも、お父さんとお母さんに心配かけたくない……。なにも話せないしなぁ……)
過保護な両親のことである。
花菜が登校拒否などすればあれやこれやと手を焼いてくるし、なにがあったのか聞き出そうとするだろう。
「よいしょっと……」
花菜は身を捩ると、枕元に置いてあったスマホを手に取る。
今は電源を落としてあった。
どうしても、話をしたくない相手がいた。
だが、いつまでもそうも言ってはいられないだろう。
(覚悟を決めないと……)
花菜はスマホの電源を入れる。
画面が点灯後に暫くしてOSが起動すると、本体が震えた。
「わっ……」
恐る恐るといった感じで覗いてみると、未読のメッセージが見たこともないほど溜まっていた。
芳川響の連絡先をタップして、大量の未読メッセージを最古のものまで遡る。
どうやら昨日花菜が帰宅してスマホの電源を落とした後に、暫くしてから連絡が来ていたようである。
《花菜、もう一度話せないかな?》
《きちんと、話したい》
《私のことも、花菜のことも》
《花菜》
《花菜》
《花菜》
《花菜》
《どうして、なにも反応くれないの? 私のこと嫌いになった?》
《花菜の声が聞きたい、話せないかな?》
《不在着信》
《不在着信》
《不在着信》
《不在着信》
《お願い》
《花菜のためならなんでもするから》
《もう寝ちゃった?》
《お願い、既読だけでもいいから》
《私を見て、花菜》
《苦しいよ》
《無視、しないで》
《なんで》
《どうして》
《花菜》
《好きなんだ》
《本当なんだ》
《信じて》
《不在着信》
《不在着信》
《不在着信》
《不在着信》
《不在着信》
《不在着信》
《不在着信》
《私は花菜になら、なにされたっていい》
《本当だよ》
《だからお願い》
《一緒に遊園地行こうって、約束したでしょ》
《また、あの話をしよう》
…………。
まだまだ、只管に響一人のメッセージが並んでいる。
昨日はなかなか寝付けなかったとはいえ、睡眠はとった。
だが、その時間もずっと響からのメッセージが絶え間なく続いていた。
(響ちゃん……)
響の身体のことが心配になる。
だが同時に響からの強い執着を感じて、花菜の心は歪な喜びを感じていた。
感じてはいけない喜びだと知りつつ、それを止める術を知らない。
《花菜! 起きたの! おはよう!》
自分の送ったメッセージに漸く既読が付いたことに喜びを感じたメッセージが響から送られてくる。
《ねぇ、私達はもっと会話が必要だと思うんだ》
響からの矢継ぎ早のメッセージに花菜は笑みが零れる。
《私が女の子好きなこと、みんなにバラしちゃっていいよ》
微笑ながら、花菜はそう返信した。
《それってどういうこと?》
《響ちゃんと私の約束はもうおしまい》
この約束さえなくなってしまえば、花菜を……いや響を縛るものはなにもないのだから。
《この連絡先もブロックするね》
《待って》
《バイバイ》
《花菜》
花菜は送信と共に、連絡先のブロック操作を行う。
これで再度二人が連絡先を交換するまで、メッセージは届かなくなった。
花菜はすべてやり遂げたとばかりに目を閉じた。
最初から約束されていた失恋だった。
それが早まっただけだと考える。
今は、眠りに着こうと思った。
眠れるかは分からない。
でも、なにもかも忘れて目を閉じていないと……おかしくなってしまいそうだった。
元の生活に戻るだけ。
少し休めば、きっと平気。
今までの夢のような毎日が、どうか心の中でいつまでも色褪せませんようにと願いながら。




