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花の音  作者: 高山之信
うたかたの恋
49/58

49 これでおしまい

「花菜ちゃん、大丈夫?」

相原家の花菜の部屋、横になっている花菜のことを心配して母親が声を掛ける。


「うん……」

相原花菜は、休みの日も定刻通り起きる人間である。

それが、今日に限っていつまで経っても起きてこない。

時刻は朝と昼の中間辺りといった時間帯であった。


「なにかあった? 身体(からだ)辛い?」

「ううん、なんにもないよ。身体も大丈夫。お母さんの心配することなんて、なんにもないよ」

花菜はそう返すものの、(まぶた)は少し()れぼったい上に顔色は優れない。

母親は手を伸ばして、検温のために額に手を当てた。

それが冷たくて気持ちよかったのか、花菜はスッと目を細めた。


「熱はないようね……」

「うん……」

「朝ご飯作ってあるから、食欲あったら食べに降りてきなさいね」

「ありがとう、お母さん……」


花菜は基本的に手のかからない子供であった。

料理や家事に関しては積極的に手伝いをするので、両親共に助かっているほどである。


両親も一人娘である花菜をとても愛してくれた。

小さいころは母親が時短で帰ってきてくれていたので、花菜としても寂しい思いはさほどしなかった。



「辛いことがあったら、なんでも言うのよ?」

「分かった……」

そう言い残すと、母親は花菜の部屋を後にする。

若干後ろ髪を引かれるような感じではあったが、今はそっとしておこうという心遣(こころづか)いではあったのだろうか。


「なんでもは……言えないなぁ……」

一人になった部屋で、花菜はごちた。


相原花菜は両親を愛している。

育ててくれた感謝もあった。

だが女性が好きである自分は、裏切っているのだという罪悪感のようなものを常に感じていた。

なので、両親にもこのことは一切悟られないように生きている。

そういう意味で、花菜は孤独だった。


ある程度学校で交友関係もあり、クラスでも浮くようなことはなかった。

部活でも先輩からはかわいがられているし、同級生とは仲がよく、後輩からは(した)われていた。

それは素の自分でもあったし、何処(どこ)か一線を引いている自分でもあった。

人は誰しもよい部分を社会で見せていく生き物ではあるが、花菜はそれが顕著(けんちょ)なのかもしれない。

そしてその線引きが家族にまで波及している。


(このまま、夏休みまで休んじゃおうかなぁ……)

そんな考えが花菜の脳裏を過る。


(でも、お父さんとお母さんに心配かけたくない……。なにも話せないしなぁ……)

過保護な両親のことである。

花菜が登校拒否などすればあれやこれやと手を焼いてくるし、なにがあったのか聞き出そうとするだろう。


「よいしょっと……」

花菜は身を(よじ)ると、枕元に置いてあったスマホを手に取る。

今は電源を落としてあった。

どうしても、話をしたくない相手がいた。

だが、いつまでもそうも言ってはいられないだろう。


(覚悟を決めないと……)

花菜はスマホの電源を入れる。

画面が点灯後に暫くしてOSが起動すると、本体が震えた。


「わっ……」

恐る恐るといった感じで(のぞ)いてみると、未読のメッセージが見たこともないほど溜まっていた。

芳川響の連絡先をタップして、大量の未読メッセージを最古のものまで(さかのぼ)る。

どうやら昨日花菜が帰宅してスマホの電源を落とした後に、(しばら)くしてから連絡が来ていたようである。


《花菜、もう一度話せないかな?》

《きちんと、話したい》

《私のことも、花菜のことも》

《花菜》

《花菜》

《花菜》

《花菜》

《どうして、なにも反応くれないの? 私のこと嫌いになった?》

《花菜の声が聞きたい、話せないかな?》

《不在着信》

《不在着信》

《不在着信》

《不在着信》

《お願い》

《花菜のためならなんでもするから》

《もう寝ちゃった?》

《お願い、既読だけでもいいから》

《私を見て、花菜》

《苦しいよ》

《無視、しないで》

《なんで》

《どうして》

《花菜》

《好きなんだ》

《本当なんだ》

《信じて》

《不在着信》

《不在着信》

《不在着信》

《不在着信》

《不在着信》

《不在着信》

《不在着信》

《私は花菜になら、なにされたっていい》

《本当だよ》

《だからお願い》

《一緒に遊園地行こうって、約束したでしょ》

《また、あの話をしよう》

…………。


まだまだ、只管(ひたすら)に響一人のメッセージが並んでいる。

昨日はなかなか寝付けなかったとはいえ、睡眠はとった。

だが、その時間もずっと響からのメッセージが絶え間なく続いていた。


(響ちゃん……)

響の身体のことが心配になる。


だが同時に響からの強い執着を感じて、花菜の心は(いびつ)な喜びを感じていた。

感じてはいけない喜びだと知りつつ、それを止める(すべ)を知らない。


《花菜! 起きたの! おはよう!》

自分の送ったメッセージに(ようや)く既読が付いたことに喜びを感じたメッセージが響から送られてくる。


《ねぇ、私達はもっと会話が必要だと思うんだ》

響からの矢継ぎ早のメッセージに花菜は笑みが(こぼ)れる。


《私が女の子好きなこと、みんなにバラしちゃっていいよ》

微笑(ほほえみ)ながら、花菜はそう返信した。


《それってどういうこと?》

《響ちゃんと私の約束はもうおしまい》

この約束さえなくなってしまえば、花菜を……いや響を(しば)るものはなにもないのだから。


《この連絡先もブロックするね》

《待って》

《バイバイ》

《花菜》

花菜は送信と共に、連絡先のブロック操作を行う。

これで再度二人が連絡先を交換するまで、メッセージは届かなくなった。


花菜はすべてやり遂げたとばかりに目を閉じた。

最初から約束されていた失恋だった。

それが早まっただけだと考える。


今は、眠りに着こうと思った。

眠れるかは分からない。

でも、なにもかも忘れて目を閉じていないと……おかしくなってしまいそうだった。


元の生活に戻るだけ。

少し休めば、きっと平気。

今までの夢のような毎日が、どうか心の中でいつまでも色褪(いろあ)せませんようにと願いながら。

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