37 胸の中には飛び込めない
「花菜、いらっしゃい!」
玄関の扉が開かれると、響は満面の笑顔で花菜を迎え入れた。
花菜が部活動でいない間、待ちわびたとばかりの勢いであった。
「お久しぶり? 響ちゃん。おじゃまします」
学校では面と向かってではないが顔を合わせていたので正確には久しぶりではないのだが、響の勢いが花菜を少し困惑させる。
「花菜! 本当に久しぶり!」
諸々を済ませて部屋へと入ると、大変歓迎ムードの響が待っていた。
響は既に着替えており、Tシャツに今日は膝丈のパンツスタイルであった。
「う、うん……」
久しぶりの響の部屋に訪れることができて、花菜も嬉しいはずなのだが……部屋主の圧倒的なテンションに気圧されてしまう。
「さぁ、花菜……」
そう言いながら響が腕を広げる。
「えっ?」
それを受けて、動揺する花菜。
「飛び込んでおいで……」
「しないよ⁉」
どうやら響のシナリオでは、花菜が響の胸に飛び込んでいくことになっているようでだった。
感動的な再開が演出されようとしていたようである。
「えーっ……どうして?」
さも花菜が飛び込んでいくのが当たり前のことのように、響が拗ねたように疑問を投げかけてくる。
「どうしてって、今までそんなことしてなかったよね⁉」
花菜はここで折れてはいけないとばかりに、反論を行う。
それもそのはずである。
花菜が響の胸の中にすっぽりと収まるようなことがあれば、本人のなにかが保たれないのだ。
必死に抵抗しなければならなかった。
「うーん……まぁ、そうかもしれないね」
「そうだよぉ……。響ちゃん、落ち着こうよぉ……」
「でも、それはそれとして飛び込んでおいでよ花菜!」
「なんで⁉」
花菜の言葉は通じているのか通じていないのか分からず、いつもとは違う響の言動に困惑することしかできない。
「花菜と会えない間……寂しかった……。その埋め合わせがしたいんだ!」
「性急過ぎるよぉ……⁉」
「花菜は寂しくなかったの?」
「寂しかったけど……! こ、こういうのは……こっ……困ります……!」
寂しかったと言ってくれる響の言葉は、花菜にとって嬉しかった。
だからといって、この状況を受け入れる要因足りうるものではない。
「花菜も同じ気持ちだったんだね……じゃあ問題なんてなにもないんじゃ……」
「あるの……! もっと! ゆっくりで!」
隙だらけの強引な感情の理論は、押しては返す波のようにやってくる。
響の少し我儘な性格もあってか、このままでは埒が明かなかった。
「そうだ! 響ちゃん! お菓子! お菓子あるから、一緒に食べよう!」
「えっ⁉ 花菜のお菓子⁉」
響が話題に食い付いたのを見て、花菜は心の中でガッツポーズを取っていた。
「そうだよー。響ちゃんがテスト頑張ったご褒美と、私に勉強教えてくれたお礼を兼ねたりんごのパウンドケーキです!」
「たっ……食べたい!」
「じゃあ、私がお茶を入れるから。いい子に座っててね」
「分かった!」
元気よく答える響は手を広げるのを止めて、ローテーブルに向かって腰を下ろそうとしていた。
花菜は大きく胸を撫でおろす。
(お菓子を作ってきてよかった……。でも……都合よく何度も使える手じゃない……)
花菜の胸中はやり取りを逃れたことへの安堵と、これからも起こりうるこういった事象への対処をどうすればいいのかという少しの心配があった。
対策を考えながらも、今は響へ届けるためのお茶を入れるためにキッチンへと向かった。




