33 響はそれでも話したい
「ということがあったんだけど……」
自宅で花菜と二人きりになった響は本日あったあらましを説明していた。
自身では感情など外に漏れ出ていない、コントロールは完璧であると自負している。
「ああ、うん……」
だが、それを聞いた花菜の歯切れは悪い。
「私的には、別に特段表には出てないと思うんだ……」
それでも、響は認めないのか花菜に対して抗議する。
「あーっ……えっとぉ……」
「どうしたの、花菜?」
「なんと申しますかぁ……」
「なに? 私そんなだった? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言って!」
言い淀む花菜に対して、響は宣告を希望する。
「あの……ちょっとだとは思うんだけど……。いつもの響ちゃんよりは、機嫌がよろしくなっているなぁと……私にも分かるなぁと……」
別れ際、ギョッとしたのはこれだったのかと響は気付きを得る。
「いや、でも……その程度でしょ? 私でも機嫌の浮き沈みぐらい全然あるよ」
優等生として一年以上のキャリアが、響の自負が機嫌がよくなった程度のことで人の目に違和感を感じさせるなどと反論をあげさせる。
「響ちゃん愛想はいいけど、ビックリするぐらい学校だと感情がフラットだよ……? そりゃダメなことがあったりしたら、嫌な顔ぐらいするかもだけど……。それ以外、基本浮き沈み無いよ?」
「えっ、ということは……少しでも浮ついてると違和感になるってこと……?」
「そうなると思う……」
「ええっ……ああっ……ええっ……」
響は思い当たることがあったのか納得しかけるが、それでも感情の行き場を失った呻くような声が漏れる。
「私の優等生っぷりが完璧過ぎて、些細な変化が違和感になるって?」
「響ちゃん、凄いよね……。演技派だぁ!」
花菜に褒められて悪い気はしないのだが、響は複雑な心境から抜け出せない。
「なんか……納得いかないなぁ……。いいじゃん、機嫌いいんだからぁ……」
「響ちゃん、人気があるのに……特に仲のいい子とかいないからじゃないかなぁ……。みんな気になるんだよぉ」
花菜の言う通り、響は自分が悪目立ちするのは自覚がある。
なので下手に公衆の面前で花菜と仲よくなどした日には、なにが起こるか分からない恐ろしさもあった。
「前々から疑問だったんだけど……。なんでこんな普段勉強のことと他愛ない会話しかしないヤツが人気とかあるの⁉」
「美人さんだからねぇ……。よくも悪くも、人目を惹いちゃうんだよ」
「この顔であることで、得したこと……花菜に顔が好きって言われたこと以外無いぃ……」
響は言っている間に思い出したのか、花菜に顔が好きだと言われたことだけはと付け足した。
「ええぇ……。確かに……はい、そうですけれども……」
花菜は自分が言ったことが嬉しいことにカウントされていたのが嬉しいやら恥ずかしいやらで、そう返すしかなかった。
「高校に入ってからは知らないヤツから告白とかされるし、なんか知らない内に嫉妬の対象にされたりするし……嫌なことの方が圧倒的に多かったー!」
告白されていると聞いた瞬間、花菜の目がスッと細くなる……。
「というか、高校に入ってからなの? 中学とか告白されたことないの?」
花菜は響ほどの美人なら、中学であれば告白されてもおかしくない気がしていたのだろう。
中学の頃は楚々とした優等生ではなかったかもしれないが、それでもだ。
「小学校のときはそもそもド田舎で同級生とか少なかったし……。高学年になって引っ越したけど、それでも同学年少なかったからなぁ……。中学は……そうだね……無いね……。一回も無かったよ……」
響言い淀みながら、若干気まずそうに視線を逸らした。
「えーっ……なんか怪しい……」
「無いよ、本当だよ……」
拗ねたように言う響に、花菜はこれ以上の言及は憚られた。
「でも……よく告白されてるって噂は、やっぱり本当だったんだぁ」
「そんな頻度高くないよ! それに、よく知らない男子からばっかだよ⁉ 私、そんな人付き合い広くもないのに……」
「響ちゃんは、お付き合いしたりしないの?」
「よく知らない男子とか、するわけないじゃん! というか今の学校での私を好きになったんなら、素の私なんて幻滅するだけじゃん! ないない!」
「響ちゃんは、いつまで今の生活を続けるつもりなの?」
花菜が当然といった疑問を口にする。
ずっとこういった二面性の生活を続けるなら、どこかで限界が来てしまうのではないだろうかと考えるのは自然なことだろう。
「高校の間は、このままかなぁ……」
「どうして?」
「…………。これはまぁ、私が必要以上に優等生でいる理由そのものに繋がるわけだけど……。もう花菜にならいいか……。家族と約束してるんだ……。高校の間はキチンと通いなさいって……」
渋々といった風に、響が答える。
「約束?」
「うーん、それがこっちの学校に通える条件? みたいなものなんだよ」
「そうなんだ……」
花菜が以前から疑問に感じていたであろう、響が二重生活の理由が語られる。
「うん。ってか、花菜はよく私の事情とか聞かずに付き合ってくれたものだね」
「だって私は響ちゃんに弱みを握られてるわけだから……。でも……だからって、極端だと思うんだけど……」
今の状態の響が素なのだというのであれば、学校での響との差の激しさに疑問を抱くのは自然なことであろう。
響の素を知ったあとでも、勉強はできるのだから他は普通に過ごせばいいのではとでも考えているのかもしれない。
確かに事情を語ったあとでも、裏付けるには弱いように感じられる。
「いや、これぐらしないと私はダメなんだ……」
「ええっ……そうなの?」
花菜の中の疑問は、響の力強い否定で回答を得ることになる。
「花菜はまだ、私のことを分かってないよ……」
「うぅん……そう言われると思い当たる節はないでもないけど……」
響の言葉に、花菜は食に対する杜撰さを思い起こしているのかもしれない。
少し納得の姿勢を見せる。
それに、なにかロールを課すことで自分を律するのは花菜も覚えがあるのかもしれなかった。
「じゃあ、私のお役目も高校の間のことになるのかな?」
「…………。ああ、うん……。そうかな、そういうことになるのかな……?」
花菜の疑問を受けて、響はそこで初めて気付いたかのように口籠ってしまった。
「その時まで、よろしくね。響ちゃん」
なんでもないことのような口調で語る花菜。
「う、うん……。まぁ、私が強引に秘密の関係を強要してるんだけど……」
この関係の発端を思い起こして、響はそんな軽口を叩いてしまう。
そもそも、この歪な関係は響が発案者なのだから。
「アハハ……確かにそうだけど……。私は、今が幸せだから……」
そう言って、花菜は笑った。
だから、響も笑うようにした。
花菜は響の笑顔が好きだと言ったから。
花菜が嬉しいと、響も嬉しいのだから。




