31 響の幸せな起床
花菜の温もりを感じない。
響は朝起きたとき、虚ろな感覚で始めにそう感じた。
「花菜……」
そう呟くと、もぞもぞとベッドの中を響の手が這った。
響が花菜と眠りについたのは夢ではなかったはずだ。
現実だった。
握っていた手の平に、花菜の温もりがなかった。
隣に感じられた花菜の温もりがなかった。
それは響にとって、甚く大変なことのように感じられた。
花菜が遠くに行ってしまったような感覚。
「花菜……」
もう一度呟いてみた。
返事はない。
(いや、そうじゃない……)
寝ぼけ眼で見詰めていた自分の手を、響はグッと握り意識を覚醒させていく。
(花菜、先に起きちゃったんだ……)
いつもはベッドの真ん中で寝ている響だったが、枕が一つと一人分の空間がぽっかり空いたようになっている。
それだけが、花菜がいた証のようだった。
「んんーっ……」
響は身体を起こすと、伸びを一つ。
昨晩はとてもいい睡眠がとれたためか、非常に調子がよいように感じられた。
(なんだか調子がいい。花菜に元気を貰った気がする……! 一緒に寝るのがこんなにいいものなら、たくさんお泊りして一緒に寝たい! また一緒に寝たい!)
ほとんど眠れなかった花菜が聞いたら卒倒しそうなことを、響が妙案とばかりに目覚めてきた頭で考える。
(ん……というか、いい匂いがする……)
花菜の香りではなく、寝起きの空腹を擽られるいい匂いがした。
響が部屋の扉に目をやったそのとき、ゆっくりと扉が開いた。
「あ、響ちゃん起きた? おはよう」
「うん、おはよ」
パジャマ姿のままではあったが、エプロンをした花菜が扉の間から顔を覗かせた。
「花菜は早起きだね……休みぐらいゆっくりすればいいのに」
「私、休みの日もいつもの時間に起きちゃうタイプだから……」
「えっ、なにそれ……えらっ……」
「えらくないよぉ……? 眠いときは、お昼にうたた寝しちゃうときとかあるよ?」
「私はこれでも早起きした方だと思う……」
響はちらりと部屋の時計に目をやると、いつもよりは幾分遅い時間ではあったが休みの自分の朝にしては早い時間ではあった。
「私がうるさくしちゃったかな? ごめんね」
「いや……そんなことは……。というか、花菜……朝ご飯作ってくれてる?」
響は先程からの香ばしい香りに、直ぐに解答に辿り着く。
「うん、もうできてるよー。響ちゃん直ぐに食べるー?」
「食べる食べる! ありがとう花菜!」
「じゃあ、顔洗ってきてね。それからだよ」
「分かった!」
響は勢いよくベッドから飛び出ると、洗面台へと向けて駆け出す。
「響ちゃん、そんなに急がなくても朝ご飯逃げないよ⁉」
「だって、朝から花菜のご飯って! なんだかテンション上がる!」
実家にいるときであっても、母が用意してくれた朝ご飯が起きたらできあがっていたことなどあった。
だが、今回の花菜が作ってくれたものは響にとってなにか特別な気がしていた。
なににも変え難いような……特別な感情が湧いてきていた。




