20 響の夜
響は花菜からのメッセージを送り終わると、スマホを英単語長に持ち換えた。
部屋で一人ベッドに腰かけ、片手にダンベル、片手に英単語帳といったスタイルで運動と勉強を同時に行っている最中であった。
夜に部屋で一人でいるとき、響は少し寂しさを感じるようになっていた。
この部屋には肉親以外を招いたことはない。
その肉親すら当初に少し来た程度で、響は一年以上を殆ど一人で過ごしてきた。
ここ最近は花菜が来てくれているせいか、慣れたはずの一人の部屋が物寂しく感じてしまうようになってしまっていた。
(花菜、今日はちょっと寝るの早いな……。やっぱり、ちょっと無理させちゃったかな?)
今日は花菜の膝で眠ってしまったためだろう、夜なのに少し目が冴えている。
だが日頃の疲れがとれたといった程度で、眠ろうと思えば眠ってしまえるだろう。
(花菜の膝……すっごいよかったなぁ……)
勉強の傍ら、思わず反芻してしまう。
(頭を撫でられるのも……)
頭を撫でられることなど、小学校以来ではないだろうかと考える。
(恋人がスキンシップする理由が少し分かった気がする……)
自分が伸ばした手を花菜が手に取ってくれたことも……頬に当ててくれたことも嬉しかった。
あのとき花菜に手を伸ばして、自分は何をしようとしたのだろう。
頬に当てられた手の感触を思い出す。甚く安心したのを覚えている。
響は花菜の望むことなら叶えてあげたいとは口にしている。
事実そうではある。
花菜には感謝しているし、感謝を形で返したい。
だが、花菜が望むことというのは……実際問題具体的にはどういったことなのだろう。
相原家の母親が言っていた通り、花菜は少し自分の言いたいことを飲み込むところがありそうではあった。
(流石に私でも、いきなり恋人恋人した接触を要求されると困ることもあるかもしれない……)
今更どの口が言うのかは分からないのだが、響は真剣にそんなことを考えていた。
響も響で、花菜との関係に当たり恋人とはということに関しては色々と考えることはあった。
努めて恋人らしく振る舞ったりはしてきたのである。
手を繋いだりしていたのだって、その範疇であった。
(例えば、ハグ? あとは……キス……するとか……?)
響の思考はだんだんとエスカレートし、内容は過激なものへと変わっていく。
(あれ? 花菜とキスするのって、言うほど嫌かな?)
花菜と自分がそういう行為に及んでいるのを仄かに想像して、否やがなかったことに響自身少々驚く。
(いや……いやいやいやいや……)
何を突飛な発想をしているのだとも考えるし、何を破廉恥な想像をしているのだとも考える。
それに……いくら好かれているとはいえ、何の心構えもない自分が花菜にそういう行為をするなど失礼ではないだろうかと思い直す。
そもそも、それ以前に響自身恋がなになのか分かっていないのだ。
(でも、花菜には確実に胃袋は掴まれてるよね……)
恋愛で相手の胃袋を掴むのは非常に有効であるという定石は、響でも心得があった。
そして、花菜にガッチリと掴まれている自覚もあった。
(花菜からすれば、私なんて罠に掛かった獲物みたいなものになっちゃうな……)
響はそんなことを考えて、自分のことを笑っていた。
(でも、花菜とはもっと一緒にいたいな……)
膝枕によるスキンシップはよかったのだが、眠ってしまって花菜との時間が減ってしまったので相対的に不満なのかもしれない。
響自身が花菜との時間を大切に思っている現れかもしれない。
自分のことを響ちゃんと呼んでくる花菜のことを思い浮かべる。
頭の中の笑顔の花菜に釣られて、口元が緩みそうになってしまう。
(花菜にちゃん付けで呼ばれるのは、なんだろう……こそばゆい? 懐かしい感覚というか……)
ふと、花菜に呼ばれることに感じていた既視感のようなものについて考える。
(そういえば名前にちゃん付けで呼ばれるなんて、いつ以来か分からないや……。だからかな……)
あやふやな感覚の正体を、自分の中でそう結論付ける。
とにかく、今は花菜に会いたかった。




