15 好きな人に手料理を振る舞うということ
「いただきます!」
花菜が調理した料理を前に、響がいつもより大きな声をあげて食前の挨拶をする。
「どうぞ、召し上がれ」
振る舞いの言葉を口にしたあと、花菜も手を合わせて食前の挨拶をして箸を手に取った。
味噌汁に煮付、お浸し、卵焼きといった和風料理といった献立であった。
これは響からのリクエストであり、それに合わせて花菜が考えたものである。
花菜は恐る恐るといった風に響の様子を伺った。
「おいしっ……」
味噌汁に口を付けた響から、思わずといった声が漏れる。
とりあえず第一関門はクリアしたといった心持になる。
煮付に卵焼きにと次々と口に運ぶ響。あっという間に茶碗が空になった。
日頃の小食が嘘のように、なかなかに健啖である。
「おかわり、あるかな?」
「余ったらおにぎりにしよう思って多めに炊いてあるから、たくさんあるよ」
「じゃあ……」
そう言って響が腰を浮かせる。
「私がついでくるよ、響ちゃんは座ってて」
「えっ、いや私の家だしいいよそんな」
「私が振る舞ってるんだから、今日はいいの」
そう言って響の手から茶碗を強引に受け取ると、花菜はキッチンの方へとご飯をつぎに行った。
その間中、ドキドキが収まらない。
響の食べている顔を見ていたためか、自分の箸が少ししか進んでいなかった。
(響ちゃん……美味しそうに食べてくれた……)
花菜の料理を食べる響は、夢中といった感じで本当に美味しそうな顔をしていた。
(嬉しいな……)
響のお陰で、花菜の夢がまた一つ叶った。
全部、響のお陰だ。
この思い出は、きっと……ずっと色褪せない……。
「はい、響ちゃん」
花菜はよそった茶碗を響へと手渡す。
「ありがとう」
幸せそうな響を眺めながら、今度は花菜も箸を進める。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした、そしてお粗末様でした」
響から力強い食後の食後の挨拶が発せられ、それを受けた花菜は微笑みながらそう返した。
あのあとは美味しそうに食べる響と、それを眺めながら食卓を囲む花菜の構図であった。
花菜が用意した料理は綺麗に平らげられている。
「花菜のご飯、ほんっとうに美味しかった……! ありがとう……!」
「喜んでくれたならよかったけど……。そこまで……かな?」
花菜は手伝いでよく料理を作ることはあるし、弁当は基本自作である。
家族にべた褒めされることはあるが、どうにも裁定基準が甘い人間にしか振る舞ったことがなかったので自信はあやふやだった。
調理部は上下の学年合わせてそこそスキルの高い生徒が集まってしまったためか、できる方ではあるのだが花菜が突出しているということもなかった。
調理済みの物を他の生徒に渡すにしてもお菓子程度のものなので、この場合あまり基準にはなりづらい。
「そこまでだよ……!」
なので、響の言葉は花菜にとってかなりのウェイトを持つ言葉となる。
それが好きな人からの言葉なら、更に重い。
それに響は本当に美味しそうに食べてくれる。
見ていて心地よい。
「そんなに喜んでくれるんだったら、作った方も嬉しいよ……。えへへ……」
「本当……あの味噌汁とか飲んだ時、私感動しちゃた……。ハッ! これが、毎日君の味噌汁が飲みたいってこと⁉」
「えっ⁉ そっ、それは違うよ⁉」
響の素っ頓狂な発想に、花菜は上ずった返しをしてしまう。
なにも分かってなさそうな言葉だったが、花菜にとってはパンチ力があった。
思わず紅潮しそうになる。
「だって、それぐらい美味しかったんだもん……」
「また作ってあげるから……」
「約束だからね!」
その答えに、響の顔がパッと明るくなった。
「それに、響ちゃんも作れるようにならなくちゃだしね」
「ああ……そういえば、そういうお話も……」
しかし返す花菜の言葉で、響の顔が打って変わって険しくなる。
「響ちゃん要領良いし、直ぐできるようになるよ」
「そうかなぁ……」
「私もきちんと手伝うし。全部響ちゃんに任せるんじゃなくて、最初は一品とか簡単なのから始めていこう」
「それなら、なんとか……。というか、その間は花菜がご飯作ってくれるの?」
「もちろん、そのつもりだよ」
「やった、なんかご褒美があるなら頑張れそう!」
響にとって、花菜の手料理はかなり得難い褒美になるようであった。
「というか、響ちゃんの食生活が見てられないの。部活の先生に相談して、部活休んででも来るよ?」
「そのっ……はい……。ごめんなさい……。ありがとうございます……」
急にトーンダウンした本気で心配している花菜の声音。
流石の響も、思わず謝罪の言葉が出てきてしまう。
「どうせ、もうすぐテスト期間入っちゃうし」
花菜達の通っている学校は6月末から期末考査があり、一週間前からは部活動が禁止される。
「あっ、だったら代わりに私は花菜に勉強教えてあげるよ!」
「えっ、いいの?」
名案とばかりに響が提案してきた。
「いいもなにも……花菜の料理に比べたら、そんなのお安い御用だよ! それに人に教えるっていうのも復習になるしね」
素ではないとはいえ、響は成績優秀な優等生である。
教えてもらえるなら、願ってもないことであった。
暗くなっていた響の顔が段々と明るさを取り戻していく。
「勉強のことなら任せて欲しい。勉強は学生の本分。学業さえどうにかすれば、なんとかなるよ!」
「大切だけど、ウェイト本当に重いね……」
響の勉強に対するスタンスに多少の驚きを禁じ得ない。
ここまでしないと、学年トップクラスは維持できないのだろうか。
「というか、もしかして毎日来てくれる?」
「えっ、うん……。そのつもりだったけど、毎日は迷惑かな? あっ、お母さんの帰りが遅くなる日は早めに帰ったりするかもだけど」
「ううん! 全然嬉しい!」
響は花菜の手を取って喜びを伝えてきた。
花菜はスキンシップの激しさに面食らう。
相変わらず距離感が掴めずにいた。
「毎日花菜に直接会えるって、凄く嬉しいなって……」
「それは、こっちのセリフだよ……」
好きな人と毎日気兼ねなく会えるのだから、役得なのは花菜の方が大きいだろうと考えていた。
心配なのは本当なのだが、下心が0だったかと言われたら答えに窮するだろう。
「そっか、花菜は私のこと大好きだもんね」
「そうだね」
素直に肯定の返事を返す。
愛しい人。
掛け替えのない人。
この人が幸せであって欲しいと思う。
心から、そう願っている。




