前編
「ああー、こんな遅い時間から仕事とかダルいわぁ。もう帰りたいんやけど」
ジャージ姿の女、米良は顰め面で愚痴る。
彼女はガムを噛みながら大儀そうに屈伸をしていた。
背負っているリュックサックの口から、ネイルハンマーがはみ出している。
隣に立つ黒スーツの男、海老原はため息混じりに苦言を呈する。
「いい加減にしてくださいよ。これは重大な案件です。職務放棄など論外ですよ」
「なはは、冗談やって。そない本気にせんといてや」
「まったく……」
気楽に笑う米良に対し、海老原は深々と嘆息する。
二人の前には薄汚れた一軒家が建っていた。
住人のいる気配はなく、室内は暗闇に包まれている。
周囲一帯が陰鬱な気配に満ちているが、二人は慣れた様子で受け流している。
海老原はスマートフォンを取り出した。
目の前の家を指差しながら、彼は淡々と説明を進める。
「ここは大沼希江子の家です。築五十四年。過去に何十人もの人間が失踪しています。その中には腕利きの霊能者も含まれており、国内有数の事故物件と言えるでしょう」
「ほへー、えらい危なそうやね」
「ええ、非常に危険です。だから我々に依頼が回ってきたわけです。万が一もあるため、まずは慎重に保護結界から――」
海老原の説明を無視して、米良はリュックサックを漁っていた。
彼女が掴み取って掲げたのはダイナマイトの束だった。
凶悪な笑みを浮かべた米良は、百円ライターで導火線に着火する。
ちりちりと短くなる導火線を見て、米良は笑みを深めた。
「ダラダラと準備すんの面倒臭いわ。さっさと壊せばええやん」
「いや、ちょっと米良さん――」
「まあまあ、任せときって」
制止する海老原を押し退けて、米良はダイナマイトを放り投げた。
放物線を描いたダイナマイトは玄関扉の前に落下する。
数秒後、轟音と共に爆発が玄関を吹き飛ばした。
ぽっかりと穴の開いた入り口を見て、米良は大笑いする。
彼女は涙を流して膝をバシバシと叩く。
「はっはっは! やっぱこれが一番やね! まどろっこしい結界とかいらんわ!」
「くっ、後で始末書を書かなくては……」
肩を落とす海老原は、突き刺さるような視線に気付く。
一軒家の二階の窓から、中年女が彼らを睨んでいた。
反射的に海老原はスマートフォンを確認する。
窓際に立つのは、物件資料に掲載された大沼希江子と同じ女だった。




