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第5話 深層との接触

音が消えた世界で、俺は呼吸だけを頼りに立っていた。


風の音も、木々の揺れも、ルフェリアの声すら聞こえない。

全てが“深層の静寂”に吸い込まれたように消えている。


核影の中心にある黒い穴が、ゆっくりと脈動した。


そのたびに視界が滲み、世界の輪郭が揺らぐ。


(……まただ)


さっきと同じ感覚。

世界のレイヤーが、ゆっくり剥がれていく。


ルフェリアの叫び声が聞こえないのは、

音が遮断されているからではない。


――俺の意識が、“別の層”に引きずられている。


核影の中から伸びる黒い線が、まるで手のように俺の足元へ絡みつく。


吸い込むような力。

逃げようとした瞬間、地面がふっと消えた。


(……引きずり込まれる……!)


「――シン!!」


遠くでルフェリアの声が聞こえた瞬間、視界が白く弾けた。


世界が入れ替わる。



◆ 白の深層


光でも闇でもない、

無色の“白い空間”。


地面も空も分からない。

ただ、境界のない世界が広がっていた。


指先がふるえる。

呼吸が浅くなる。


(ここ……どこだ?)


白い空間の奥で、黒い“影”がひとつ揺れた。


ゆっくりと形を成す。


歩く。

近づく。

俺の方へ。


そして姿がはっきりした。


――影のシン。


白い空間の中心で、俺と同じ形を、俺と同じ歩き方で近づいてくる。


ただ、顔の部分だけが黒い“穴”になっている。


「……来たね、シン。」


声は俺自身の声だった。

少し幼いようでもあり、疲れたようでもある。


「どうして……俺の姿なんだ?」


影のシンは小さく笑った。


「姿を借りているだけ。

 本来の僕は、形を持たないから。」


「形を……持たない?」


「あなたがここに来られるように、

 “あなたの線”を一部だけ借りたんだよ。」


理解できない。

けれど、言葉は妙に自然に理解できてしまう。


影のシンは続けた。


「覚えてないんだね。

 深層の下……“原層”に触れたあの日のこと。」


胸の奥が痛む。


(原層……また聞いた)


影のシンは静かに手を伸ばす。


「僕らは、ひとつだった。

 でも君は自分から“離れた”。

 名前と一緒にね。」


「……名前?」


影のシンが一歩近づくたび、

白い空間の床が波紋のように揺れる。


「君は……“自分”を忘れたんだよ。

 だからこの世界に落ちた。

 本当の場所じゃない。」


風も光もないのに、胸が締め付けられる。


(本当の場所……俺は……ここじゃない?)


影のシンが手を伸ばし、俺の胸に触れそうになる。


「戻ろう。

 君がいるべき世界に。」


その瞬間――


「シン!!」


ルフェリアの声が世界を割った。


白い空間に裂け目が入り、現実の森の色が流れ込んでくる。


影のシンは一瞬だけ顔を歪めた。


「……邪魔をするんだね。」


裂け目が閉じようとする。


影のシンは最後に俺へ囁いた。


「いずれ思い出すよ。

 本当の名前を。」


白い空間が崩れ、世界が反転する。



◆ 現実へ


「シン! 大丈夫!?」


ルフェリアの手が俺の肩を支えていた。

森の音が一気に戻り、息が吸えるようになる。


身体は震えていた。


「……いまの、は……」


ルフェリアは唇を噛んだ。


「深層の奥。“原層”に近い場所よ。

 あなたがそこに引きずられかけた……」


「……名前を……奪われた?」


ルフェリアの目が大きく揺れた。


数秒の沈黙。


その沈黙が、逆に何よりも答えに近かった。


「……シン。

 本当に……何者なの……?」


彼女の声が震えていた。


俺の胸の奥でも、黒い線が静かに震えていた。


(……本当の名前……俺は……誰だ?)


深層の呼び声がまだ消えず、

森の空気の中に残響として漂っていた。



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