第4話 核影の目覚め
黒い塊が、ゆっくりと呼吸していた。
心臓の鼓動みたいな脈動が、森の空気を震わせている。
波紋のような揺れが地面を伝い、
そのたびに粒子がふわりと舞い上がる。
「……動くわよ、シン。離れて!」
ルフェリアが剣を構えた瞬間、
核影は“こちらを向いた”。
目なんてない。
顔もない。
なのに、確かに“俺を見ている”と分かった。
(……なんで俺を……)
頭の奥でノイズが走る。
――来い。
そんな声が、意識の底を撫でた。
「くっ……!」
勝手に膝が崩れそうになる。
全身の力が抜けて、意識が深層へ引きずられるようだ。
ルフェリアが俺の肩を掴む。
「ダメ、シン! 深層に触れないで……!」
次の瞬間──
核影が裂けた。
黒い霧が爆ぜ、
中から“線”の束が蛇のように伸びてくる。
怒りの赤い線。
悲しみの青い線。
恐怖の紫の線。
嫉妬の緑の線。
感情の色が絡み合い、一本の“腕”の形をつくった。
「……これ、昨日の影と違う……!」
「違うどころじゃないわ。
こんなの、人ひとりの感情じゃ到底生まれない……!」
腕がうねり、俺へ向かって一直線に伸びる。
避けられない。
(やばい──!)
目を閉じかけた瞬間、
視界が“勝手に”開いた。
世界が透明になっていく。
線が浮き上がり、構造が見える。
(……視える)
紫の線だけが、不自然に弱い。
他の色に比べて“支え”が細い。
――そこだ。
反射的に手を伸ばす。
触れられるわけがないのに、
線の構造は意識に反応し、ひび割れた。
“ビキッ!”
線が砕け、腕が霧散した。
核影が大きくうねる。
森の奥で、低い唸り声のような気配が響いた。
ルフェリアが震える声で言う。
「シン……あなた、本当に何者なの?
感情素の“線”が視えるなんて……普通じゃない……!」
「俺にも分からない……。
でも、視えてしまうんだ……」
胸の奥が焼けるように熱い。
まるで、眠っていた感覚を無理やり呼び覚まされたような。
核影が、再び脈動を始めた。
黒い霧が渦を巻く。
中心の“穴”が大きく開いていく。
深層のもっと下の層が、覗いている。
(あの穴……)
白い世界。
黒い線。
影のシン。
記憶の底で何かが繋がりかける。
「シン、下がって!」
ルフェリアの叫びで、意識が現実に戻った。
核影の中心で、
“誰かの怒りの声”が響いた。
ただの叫びじゃない。
祈り。
絶望。
孤独。
それらすべてが混ざった声。
(……助けて……?)
一瞬だけ感じた。
影は怪物じゃなく、誰かの残した感情そのもの。
(誰かの……悲鳴だ)
黒い穴がさらに開く。
深層に飲み込まれれば戻れない。
それが本能で分かる。
ルフェリアが俺の手を強く握る。
「シン! 絶対に目を離さないで!」
核影の奥で──
影の俺が“こちらを見ていた”。
世界のレイヤーが揺れる。
そして音が、消えた。




