第1話 ノイズの夜と揺らぐ影
夜の街は、今日もノイズに満ちていた。
人の声。
車の振動。
ネオンの光が弾けるたびに、世界の端がわずかに軋む。
ただの都会の喧騒――
そう思えばそれで終わるはずだ。
けれど、この数日だけは違った。
耳の奥で、ずっと何かが鳴っている。
(……どこかが、ずれてる)
胸の奥に、さざ波のような違和感が張りついて離れない。
信号が変わる。
青の光が街路に広がった瞬間、世界が一拍だけ遅れてついてきた。
俺の足音は、半歩だけ“未来”で響いていた。
「……は?」
自分の感覚を疑う。
けれど、錯覚ではない。
目に映る景色と、身体が感じている世界が重ならない。
そんな奇妙なズレが、日ごとに強くなっている。
歩き続けると、ふと肩を叩かれた気がした。
振り返る。
誰もいない。
ただ、耳の奥にだけ小さくノイズが残った。
――パチ、パチ。
静電気のような音。
それは地面へ視線を落とした瞬間、理由が分かった。
アスファルトの上に、透明な粒子が散っている。
光でも埃でもない。
けれど確かにそこにある“何か”。
俺が歩くたびに、粒子がふわりと舞い上がる。
「……またか」
ここ最近、同じ現象が続いている。
ただの気のせいにできないほど、輪郭を持ち始めていた。
影が、ゆらりと揺れた。
街灯のせいじゃない。
風のせいでもない。
俺の“影”だけが、独立した動きを見せた。
心臓が一気に冷たくなる。
(……嘘だろ)
影は、地面からわずかに浮いていた。
その揺れの中に“誰か”の視線を感じる。
暗闇の奥から、こちらをじっと見つめる何か。
形のない、輪郭の曖昧な“存在”。
現実から音が消える。
街のノイズが遠ざかり、代わりに胸の奥で何かが囁いた。
――戻ってこい。
その声は、俺の名前を知っているような響きだった。
「……なんなんだよ、これ」
影が元の位置に戻ると、世界は何事もなかったかのように音を取り戻した。
車の音。人の声。
どれも普段と同じはずなのに、違って見える。
俺はしばらく動けなかった。
影が、もう一度動く気がして。
胸の奥がざわつく。
どこか深い場所が、確かに俺の名前を呼んでいた。
翌朝になっても、胸のざわつきは消えなかった。




