二.それは、檻に閉じ込める者
――何故、彼の笑顔は自分と違う誰かに向けられるんだ。
『ふーん』
――俺だけのものなのに!
『へー』
――何故、彼は自分を愛さない?!
『それで?』
――好きだ好きだ好きだ、愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる!!
『……そんなに、その人間に愛されたいか』
――愛されたい。何でも良い!愛されたい!!
『それじゃあ、力を貸そうか?』
――彼に愛されるなら、借りたい。
『どのくらい?』
――彼を閉じ込めて、自分と離れられないぐらい。
『ではお前に、その愛する者を閉じ込める檻と鎖をやろう!』
二.それは、檻に閉じ込める者
彼は、何度目かわからない溜息を付いた。
「何が魔城だ……。僕はこんな処、意義が見出せない」
「そうじゃないだろ?」
肘をテーブルに着いて、顔の前で手を組んだ男が面白そうにそう言った。
確かに。
少し図星を付かれて、彼はグッと押し黙った。
否定できなくなった発端である後輩達を思い出す。
「樹に春…か」
ポツリと呟いた言葉に、男は頬杖を着いて質問する。
「見影は?」
「ふざけるな。アレは、僕と相容れぬ者だ」
「じゃないだろ?」
さらりと言われた否定の言葉に、彼は男をまた睨む。
「……」
心の中を全部見られているみたいに。
お前が見影を怖がっているだけだろ?
男の目は、面白そうにそう語っている。
彼はそれに、目をそらして溜息をついた。
確かに。
これも認めざるをえない。
彼にとって、同級生である見影は脅威だ。
だが、樹が愛しい。
春は…、弟のように可愛い。
こんな感情、生まれてこの方初めてだった。
彼は机に肘を付け、顔を手で隠して溜息を付いた。
――何で、“前の僕”がコチラ側の人間だったんだろう?
「……どうしたら」
――この戦いが終るんだろう。
――あの子達と対等でいられるだろう。
彼の望まないままに加速していく、魔城学園内の密かな戦いに。
主を失っても、壊れたように白を…光を奪おうとする闇に嫌気がさす。
何よりも、それすら逃げられない自分に彼自身、嫌悪感が募る。
「抱え込まないで」
ふと男に外された自分の手。
男が愁いを帯びた微笑で、彼の顔を覗き込んでくる。
彼は、男を見ながら目を細めた。
「同情ならよせ」
二人しか居ない空間に、剣呑な声を響かせながら彼はその手を払った。
そして、動けるようになった身体をイスから離し、自分の寝室に戻るように足を動かした。
「同情じゃない」
しかし、数歩で男に引き止められた。
耳に囁かれる低い声に、彼は身体を強張らせる。
いつの間にか、男に背後から抱き締められていた。
「同情じゃ…ない?」
掠れた様な自分の声を遠くで聞きながら、ギュっと男の腕を力の限り握る。
「顔も何もかも平凡の“出来損ない”の僕に、同情以外の何を、」
「愛してる」
「っ」
男の吐息の掛った耳だけは別に、自分の身体が冷めていく様な感覚に陥っていく。
「冗談を言うな」
「冗談じゃない。愛してる」
真摯な声に、また彼の身体は冷めていく。
「否、冗談だ。お前は、“完璧”な見影の方が本当は良いんだろう?」
アイツの代わりなんて、冗談じゃない。
吐き気がする。
いや、違う。
そう思う己自身が嫌いだ。
だから彼は、卑怯な事を男に言う。
「だから、僕を殺してくれ」
虚しく響く自分の声に、彼は自嘲する。
「……何時もそうだね、君」
突き刺さるような声の呟きを向けられ、彼の身体はビクつく。
後ろに居る男の雰囲気が黒く変わったのを肌で感じて、身体が震える。
男と密着している背中が、何故か冷たかった。
「俺の事なんか、なーんにも考えちゃ居ない」
「っぁ……やめっ」
男に耳を食まれて、抵抗する。
「ほら、力いっぱい抵抗しなよ」
「んっ」
面白そうに笑うように耳元へ囁いて、男は彼の頬を舐めた。
「……やめっ、ろ」
彼を拘束する腕を力の限りで引き離そうとするが、ビクともしない。
――所詮、僕は出来損ない。
逃れるはずがない。
「っ!」
そんな彼の身体を男は思うがまま弄び出した。
脇腹を辿り、胸を冷たい手が這う。
冗談ではないそれに、彼の頭は真っ白になった。
「今日は止めてあげないよ」
彼を閉じ込めるのは、契約。
彼を閉じ込めるのは、鉄の格子ではなく男の腕。
「さあ、どうしてやろうか?」
何かの宣告のように告げらた男の言葉を合図に、彼は更なる悪夢を見る。