一.それは、深い眠りから呼ぶ者。四
「で、俺は、魔城学園へ行って、何をするんだ?」
落ち着いた揚羽は、ゆっくりと湯船に浸かりなおした後、そう雅に尋ねる。
『姫をお守りする』
「姫?」
はて、魔城学園は共学ではあるが、男子校と女子校に区別されるような運営をしているはずだと首をひねる。
姫と言う事は女の子であり、まさかと思うが、自分は女子側へ行かなくてはいけないのだろうか。
女の子の姿をしても違和感のなさそうな、今は眠る雅の容姿を思い出し、うんうんと独りでに納得する。
「俺の女装はバレるぜ?」
『違う違う。揚羽、男子側で良い』
「うわ、お前、俺の心を読むな!」
『仕方ないと思うよ、揚羽の中に居るんだし』
最後のハートの文字がつきそうな言い方は何だと、何か目かになる眉間に寄る皺を伸ばし、湯を掬う。
ハタっとそこで、疑問が一つ思い浮かぶ。
「それよりも、姫っつーのは男装の令嬢ってやつ?」
それだったら、可愛い子が良い。と揚羽は、年相応の反応な、情けない笑みをする。
すると爆笑する声が、頭に響いた。
『ち、違うッ……姫も、男……はははっはッ!!』
「があーームカつく!」
揚羽はその夜、雅に話しかけられても返事を返す事はなかった。
* * *
ひんやりと冷たい石造りの壁の有る窓辺に、頭を隠すローブを着た三人が集まって何やら話をしている。
「また、新たな守護者が魔城へ来るんだって」
一人のローブを着た者が、窓からの月光に取りだした写真を照らす。
そこには、隠し撮りされたような揚羽の体操着姿が写っている。
「そう、なのですか……」
もう一人が、それを受け取り、関係図のように並べられて、数日前に描かれたバツ印のある雅の写真の上へ張り出す。
「ねえ、何故、守護者の皆さんは私の邪魔をするのでしょうね?」
「それは……」
張り終えたその人物が問うと、今まで声を発していなかったもう一人のローブを着た者が、震える声で何か言いかけ黙る。
揚羽の写真を張り出した人物は、それを殴った後、黙ってしまったその人物に、人差指を突きつけた。
「また、貴方が行きなさい。貴方が、新たな守護者――いえ。近衛 揚羽とその他の守護者を潰して来なさい!」
「ッ、はい」
ビクリと指の先に居る人物は身体を震わせ、返事をして逃げるようにこの部屋から去って行った。
最初に話しかけた人物は、静かに命令した人物を見る。
「ああ、憎い」
人差指を戻し、拳に変えたその人は、低く底冷えするような震える声で言葉を放つ。
「憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い」
異常なまでにそう言えば、その人は関係図のように並べられた頂点の二つの写真を見上げ、銀色の髪の青年の写る写真を殴った。
「お前のもの何かに、絶対させない」
ローブの影になってでも、鋭い目の光でその青年を睨んでいる事がわかった。
そして、その横にあった中性的な顔の紺色に近い黒髪の人物に縋る。
写真のその人物に向ける目は、愛しい者を見詰めるものへ変わった。
「何故、何故、私のものにならないのですかッ、リタ!!」
悲痛にもよく似た叫びは、冷たい部屋に良く響いた。
「ねえ。今さっきの子って、失敗ばっかりだよね?」
「ええ。だから契約者を呼んだのです」
「あの子、壊れるよ。確実に」
「それでも」
これから、巻き込まれる戦いがどんなものなのか。
揚羽は、まだ知らなかった。