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一.それは、深い眠りから呼ぶ者。 二


色々な事があったその日、揚羽は早々に案内された部屋で眠りについていた。


『……げ……は。揚羽』


低く響く声は、心地よく揚羽を眠りから呼び起こす。


「んっ……なに?」


まだ重い目を擦りながら、揚羽は不機嫌に返事をして起き上がり、周りを見渡した。

しかし、自分以外は居ない部屋に小首を傾る。


(気のせいか?)


確実に呼ばれたような気がしたのだが、シンと静まりかえっている部屋に揚羽は夢でも見たのかもしれないと結論を出すしかない。

寝直そう。と、揚羽は横になる態勢に入ろうとした。


『揚羽』


また声が聞こえ、揚羽は固まった。

ザワリと外から木々が擦れる音がして、ハッと障子越しの木々の影を凝視する。

そこには、木々が揺れる影が見えるだけだ。


(まさか、霊の類じゃないよな……?)


ブルリと身体を一つ震わせた揚羽は、これは恐怖からの物ではなく、尿意だと慌てて否定しサッと立つ。


「トイレ。トイレ」


いつもは口に出さないそんな事を言ってしまうのは、やはり恐怖があるのだろうか。

揚羽は少し障子を開け、そろりと廊下の様子を見渡した。

シンと静かに広がる廊下に、揚羽を溜息をもらす。


「そうだ。何もないよなー」


俺って馬鹿?と自分に呆れつつも大きく障子を開け、トイレへ向かう。

キュッキュッと時折、足元から聞こえる音に、ひんやりと冷たい廊下を歩くのもまた楽しいと思いはじめた揚羽は、 ゆっくりと踏締めながら右手に見えるガラス戸越しの庭を堪能しながら歩いた。

良く手入れされた日本の庭。

廊下の曲がり角にさし当りそうになった時、そんな庭の向こうに月影に浮かび上がる重厚のある蔵に目を惹き、揚羽の足は自然と止まる。


(あれは確か、タエさんが教えてくれた蔵だ……)


部屋から少し遠いトイレへは、廊下に沿って行けば着くのだが、揚羽はちょうど正面にあった戸を見つけ、それを横に滑らせ開く。

するとタエが教えてくれた、蔵へと繋がる廊下が現れる。

揚羽は、好奇心から足を一歩踏み出した。




* * *




たどり着いた、闇に銀の月明かりが差し込むだけの蔵。

戸を開くよう、丸い鉄の取っ手を引く。

鍵が掛っているだろうと揚羽は思ったのだが、あっさりと開いてしまった事に目を瞬いた。


「ここは?」


蔵である事は知っている。

だが、蔵内の小さな妙な雰囲気に揚羽は、そんな声を出していた。

揚羽の目にぼんやりと映るのは、立てられ鞘におさめられた刀。

月明かりが届かない奥にあるのにも拘らず、自身が青白く眩く輝いていた。

異様な光景に、ゴクリと唾を飲んだ揚羽だが、冷静にそれを見詰めていたその時―――。


『これでは、救えない。唯、それが虚しい』

「誰?」

『揚羽』

「何?」


呼びかけられ、返事をした。

聞こえてくる声だけの存在だったが、揚羽には不思議とそれが怖くなかったから。


『だから…お前と共に居させてくれ』


声と共に、刀側からの突風が吹く。


「ッ―――っぁあ!!」


咄嗟に腕で顔を庇った揚羽だったが、言い知れぬ身体の違和感を感じた後、全身の激痛に悲鳴を上げその場に蹲る。


(苦しい!)


痛みに耐えかねて、倒れた揚羽は震えながら身体を丸めた。


「うぅッ……はぁ、はぁ…い゛っ」


乱れる呼吸、ドクドクと煩く鳴る心臓を握りしめるように、胸元の服を握りしめる。


(痛い痛い痛い!!)


痛みと共に、見えるのは闇。




――さあ、宴のはじまりだ。


揚羽は、己の身体が意思とは関係なく立たされた感覚に、瞑っていた目を開く。

滲む視線の直ぐそこに、カタカタと震えより光る刀があった。


『さあ、刀を抜け』


――それが揚羽、お前の宿命。


揚羽は、何故か手を伸ばしてしまう。

鞘から覗いた冷たい黒銀に、身体に更なる激痛が走った。


『それが、お前の力。お前の全て』


――そして、終焉の舞を……。




揚羽は脂汗を滲ませながら必死に考える。

これが、憑依と言うものなのか……。

自分の物なのか、相手の物なのか――どちらの痛みなのか。

何故か疑問に思ってしまったそれに、結論を出せないまま。

抜いた刀が、剣へと変わる。そんな光景を一瞬見た様な気がしたが、揚羽の思考はプツリと途切れた。




* * *




蔵から出て背を向け、ぼんやりと月を見上げながら、揚羽は座り込んでいた。


「やはり、揚羽か……」


悲しみの声がその場にポツリと落ち、揚羽は身体を揺らし、さっと早い動作で土下座をした。

金属と砂利の擦る音が鳴る。


「申し訳ございません。近衛様」

「良いんじゃよ。わかっておった」


家屋の影から出て月明かりに照らされた悲しみの声の人物――揚羽の祖父は、慈愛に満ちる笑みでいた。


「揚羽の身体で土下座は、やめておくれ」と揚羽の祖父が言うと、ハッと息を呑んだ音の後「申し訳ございません」と謝りながら 立ちあがる揚羽の声は、別人の物。


「お主は、揚羽を守れるのかのぉ?」

「守ります。この魂。滅びてでも」


疲れた様な顔で、揚羽の祖父が問うてきた答えを曇りのない揚羽の瞳で返す誰か。


「……若いの。容易くそんな事を言うのでないよ」

「心得ております。我らは、あの方の為に……」


揚羽の伏せられた目は、すぐに夜空に浮かぶ月へ。

それにつられるよう、揚羽の祖父は静かに月を見上げる。

二対の瞳は憂いを帯び、湖に月が映り揺れているようにも見せていた。


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