「SNS時代の病」
包丁を持って街に出る。
通行人を一人二人殺せば何かを変えられるだろうか?
刃が知らない通行人の腹を深く貫いた瞬間、
そいつはどんな顔をするんだろうか。
抜き取った刃のあとに、
濃い赤と共にぐにゃりとした物体が押し出される。
腹圧に負けてボフッブリュと下痢のような
音を立てて腸が飛び出してくる。
光沢のある腸管が、
血と一緒にアスファルトの上で震えていた。
二十代に見える男が立っている。
顔には苦悶でも興奮でもない、
ただの空虚が浮かんでいた。
右手の包丁から、ぽたぽたと血が垂れている。
しかし誰も逃げなかった。
誰も叫ばず、誰も助けようとしなかった。
代わりに、一斉にスマホが掲げられた。
「ヤッバw」
「ガチの通り魔だw」
「バズるってコレw」
彼は二人目の通行人に向けて歩を進めた。
悲鳴を上げた不細工な女が転び、尻餅をつく。
だが、すぐそばにいた者は助けようとしなかった。
その代わり、ライブ配信のアングルを調整していた。
不細工な女のふとももに、ざくりと刃が入る。
不細工な女が、糞みたいな絶叫を上げる。
男は不細工な女の顔面を踏みつけた後、
めった刺しにした。
不細工な女の鮮血が飛び、スマホの画面を濡らす。
撮影者は舌打ちしてティッシュで拭いながら、
配信のコメントを読んでいた。
「うわっwガチで刺してるw」
「ええぞwもっとやれw」
「男より女刺すほうが絵になるなぁw」
誰もがスマホ越しに、死を見ていた。
誰一人として、それを現実と認識していないかのように。
「・・は?何言ってるの君たち・・?」
男がつぶやいた。
誰に向けた言葉だったのか、男にもわからない。
若い女が男を向いて笑った。
「あんたw、最高よw、ヒーローだよw、こんな現場w、生で見れたの初めてw」
血にまみれた包丁を掲げる男と、
スマホを掲げてケラケラ笑う人々。
どちらが異常なのか、もはや誰にもわからない。
警察はまだ来ない。
遠くでサイレンが鳴っていたが、群衆は動じない。
SNSに上げた動画がバズり、フォロワーが増えることしか頭にない。
一人の少年が、血の海の前でポーズを取り、
「#本物の殺人事件に遭遇」と投稿していた。
その表情は、心底楽しそうだった。
男は包丁を見つめた。
血で濡れた刃が、夕焼けに鈍く光る。
だが、その反射よりも眩しかったのは、
彼にスマホを向けていた数十人の「笑顔」だった。
あまりにも楽しそうな、
あまりにも無邪気な、笑顔。
男は苦笑した後、「イエ~ィw」と観客達のスマホに向けてVサインをして、
3人目の不細工な女の顔面めがけて包丁を振り下ろした。