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あのひとの肖像画

 恐ろしいほど美しい。記者は内心でつぶやいた。


 あの肖像画も、この肖像画も、写真のように精巧で、写真よりずっと幻想的で、言い知れぬほど美しい。どれだけ言葉を重ねても、この美は表現出来ないだろう。


 自らが描いた美人画に囲まれ、画家は記者のインタビューを受けていた。記者は紙とペンを手に、一つめの質問を切り出した。


「エンデ画伯……あなたは男女問わずの美人画でとても有名ですが、『描けば必ずモデルが死ぬ』との黒いうわさでも有名でいらっしゃる……」

「ああ、私が書いた美人たちは絵が描きあがると同時に血を吐き、倒れ伏す。死因は不明……」

「……何でも画伯が『異世界から闇のルートで手に入れた、現代の検察の技術では検出できない毒を持っている』とのうわさも、まことしやかにささやかれているようですが……」

「ははは、そんな意味のない! そんなことをして何になる? 根も葉もないうわさだよ、君!」


 記者は失礼な質問に画家が怒らなかったことに()()としながら、さらに質問を重ねていく。


「それでは、描くたび描くたびモデルが死ぬのは、あなたの仕組んだことではないと……」

「いやいや、そうは言っていないよ。実はね、これは秘密なんだが……私はごくごく幼いころに、美の神(ミューズ)に祝福を受けていてね……私が描けば対象の美は全てキャンバスの上にうつされ、代わりにモデルは魂を絵に吸い取られて死ぬんだよ」


 あまりにも事もなげにそう言われ、記者のペンを持つ手が止まる。目を見開いて画家を見つめる青年記者のあごに手をかけ、老画家は栗色の目で眼前の青年を見つめだす。


 無数のしわにふちどられたその瞳、獲物を狙うたかのよう。画家は青年の手にかけた指にじわじわ力を込めつつ、芯からうっとりとつぶやいた。


「ああ、何と美しい……ふわふわの金髪にやわ蒼玉サファイアのような瞳、これは久々のじょうだまだ……ねえ君、ぜひ私のモデルになってはくれまいか……?」

「じょ、冗談じゃない! 帰らせてもらいます、僕は帰らせてもらいます!!」

「困るねえ君、モデルになるのはインタビューとの交換条件なんだから……なに、『あまりの美しさにインタビュー前に絵に描かせてもらったら、いきなり血を吐いて死んでしまった』と呪われた絵師として嘆けば済むさ。君んとこの出版社の社長もね、二つ返事で交換条件を受け入れたしね!」


 ――だまされた。ちくしょう、社長あいつ知っていたんだ。俺が次期社長の座を狙って社長の娘を誘惑していながら、同時に七股かけていたのを!


 だって無理もないだろう、これだけ美男の俺様が、出世のためとはいえあんなみにくい顔の娘に、純愛を捧げるなんてそんな馬鹿なこと出来るもんか!!


「おやおや、醜悪な表情だ……待っていてごらん、私の筆で君の醜い感情を描き消して、美しいその顔立ちにふさわしいはかなげで美しい微笑で、永遠に君の時を止めてあげよう……」


 逃げようと()()と立ち上がる、その瞬間にキャンバスに初めの一筆を加えられ、まるで身動きがとれなくなる。青年はの巣に捕まったちょうさながらに、弱々しく白い手足をもがくだけ。


 老画家は目に残忍な光をたたえ、吸血鬼が血を吸うように、一筆ひとふで、さまざまな色を噛みしめるように乗せて、乗せて、のせていく……。


* * *


「やあ、素晴らしい出来だねえ! すまんが画伯様、この肖像画をわしに譲ってはくれないだろうか?」

「ええ、もちろん構いませんが……娘さんの『にっくかたき』の肖像画なんぞ、いったいどうなさるおつもりです?」

「いやあ、わしはよせと言ったんだがな……娘のやつ、『あのひとの肖像画を一生部屋に飾るんだ、それが何よりの復讐だ』などと言って聞かんでのう……!」

「ほう、それはそれは……確かに何よりの復讐ですな!」


 老画家は美しい青年の肖像が、『醜い容姿』の娘の部屋に飾られるという皮肉を想って微笑んだ。これは素晴らしい、なんともウィットがいた結末だ!


 くつくつとう老人ふたりの足もとに、青年の亡骸が転がっている。血を吐いて悶え苦しんで亡くなった青年の顔つきは、悪魔のように醜悪だった。


 ――たった今描かれたばかりの、絵の具の色もつやつやと照りのある美しい青年の肖像が、永遠の微笑を浮かべていた。


(了)

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