飛べない天使 アルバトロス
全くもって、あの金持ちじーさんは腹の立つ!
信じられるかい? あのじーさん、『天使の兄ちゃん』を飼い出したんだぜ! 『アルバトロス』なんて海鳥みたいな名をつけて、まるでご主人きどりなんだ!
天使を飼うなんて罰当たりな! 周りの人がさんざん言っても、じーさんは聞く耳持たずなんだ。
「天使だなんて笑わせる! あいつはただの鳥人だ、羽のあるだけの人外だよ。どっかの島から、どっかの海から迷い込んできたまぬけ野郎だ!」
な、腹立つだろう? しかも『飼い方』がまたナメててさ、屋根もない敷地内で放し飼い! 知ってるんだよじーさんは、『大きな翼の大きな鳥は、相当長く助走しないと飛び立てない』って!
だから天使の兄ちゃんは、人の背くらいのちんけな木の柵に囲われたまま飼い殺し! 今この時も、じーさんの手からナッツなんかもらってペットみたいに暮らしてるんだ!
な、だから……こういう時こそ俺らの出番! 悩むより先に手が出る足が出る、悪ガキ連中の俺らの出番だ!
七人ばかり仲間を集めて、この俺クライスを先頭に、手に手にバールや何かを握って……まるで殴り込みみたいだけど、違うぜ! 立派なひと助けだ!
「いよぉおおし! いっくぜぇえええ!!」
俺の号令を合図にして、七人がいっせいにちんけな木の柵に打ちかかる。ガッツンガッツン音立てて、全身全霊破壊工作!
みるみるうちに柵は壊れて、大きな翼でも通れるくらいの穴が開き、遠くの方にびっくりした顔の天使の兄ちゃんの姿が見える。
「うぉおおい! 兄ちゃぁあん! もう飛べんだろ、逃げられるぜぇえ!!」
大きく手を振ってそう叫ぶと、兄ちゃんは白いほおにピンク色に血をのぼせ、水を泳ぐように羽を広げて駆け出して――、
白いしろい花みたいに、あったかい吹雪みたいに、天使みたいに飛び立った。雲ひとつない青空に、ぽつんと雲みたいに見えて、あっという間に見えなくなった。
「うぉおおぉい!! お前ら、何てことをしてくれたあぁああ!!」
今さらになってじーさんが屋敷からびょんと飛び出してきて、全力疾走、がたがた揺らぐひざでよろよろ……おいおいじーさん、心臓に悪いぜ?
「何てことって、ひと助けだい! 『天使飼う』なんて罰当たり、これ以上続けたらきっと天罰が降ってたぜ? 俺らに感謝しろよ、じーさん!」
「馬鹿野郎、あれはただのまぬけ鳥人……!!」
続けて何か言いかけたじーさんに、青天の霹靂っていうの? 雲ひとつない青空から稲妻ひとすじ、じーさんの脳天にどんぴしゃり! じーさん、残り少ない髪の毛がちりちりになってぶっ倒れてやんの。
ま、しょうがないから屋敷の中に乗り込んで、「お医者さんいますかー!?」って叫んでやったよ、全員で!
まあ一命はとりとめたけど、じーさんマジで天罰が降ったと思ったんだな、その後は人が違ったみたいに『善良な紳士』になっちまった! 悔い改めたってやつだろうな、今じゃあ『趣味は福祉活動』のまあ気持ちの良いおじい様さ!
……そんでな、その後しばらくして、空から花が降って来たんだ。え? 花だよ花、七色の花びらの冗談みてぇに綺麗な花が……、
何だと思って空を見たら、アルバトロスだ! 天使の兄ちゃんがどこからか、花束抱えて飛んできたんだ!
まあお礼ってことだろうな、兄ちゃんは空から笑って手を振って、胸いっぱいの花と種とを散らして飛び去って……、
俺の話が終わったらな、あそこにあんだろ、小高い丘が……あそこにいっぺん登ってみ? そん時に種まいた『天上の花』がめいっぱいに咲いてっからよ!
* * *
そう言って話を終えて、クライスという名の少年はずり落ちかかるサスペンダーのひもを引っぱりながら駆け去っていく。
旅人の僕は、小さな背中に「ありがとう!」と声をかけ、言われたように小高い丘の上まで登る。登る前から妙に美しい、不思議な丘だ……と思っていたが、近間で見るとなお美しい、七色の花が咲いていた。
何とも神々しい花だ。一枚いちまいの花びらに虹色のグラデーションがかかっていて、この世のものとも思われない。
――ああ、やっぱり『アルバトロス』はただの鳥人じゃなくて、本物の天使だったのかな……?
そう思いながら見上げる空にぽつんと白いものがかかって、天使か!? と色めき立ってよく見つめたら雲だった。僕は苦笑いながら、また足もとへ目を落とす。
さあっと爽やかに風が吹き、甘く柔らかい香りと共に、虹の花がさざ波みたいに波打った。
(了)




