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白百合の夢

 にえは全身が白かった。


 さらさらと伸びたしろがねの髪に、雪のように白い肌、目までも透ける水晶の色……『しら』と名づけられた人外の少女は、異教の教会で飼われていた。


 全身これ白、髪までも白い生き物を十年に一度、祭壇に捧げよと、それが異教の教えだった。


 白百合の世話は、奴隷の少年に一任されていた。世話と言っても、日に三度『聖なる水』を与えるだけで、後は銀のクシでその白銀の髪をくなり、かたわらで歌を歌ってやるなり、まるで少年の自由だった。


 少年の名は『黒すぐり』といった。彼もまた人外の子だったが、白百合とはまるで反対、月のない夜のように黒い肌、ぼくじゅうで染め抜いたような黒い髪、黒曜石めいた素晴らしく真っ黒な瞳をしていた。


 黒すぐりは代々奴隷の一族だった。世話係を探していた教会の者は『色の対比が面白かろう』と、遊び半分で少年を買い取り、白百合の世話係に任命した。


 黒すぐりは、ほどなく白百合に恋をした……何ひとつ物も言わず、人形のようにおとなしい彼女だったが、教会の人間たちよりずっと心の通じる気がした。


 白百合は、黒すぐりの手をよく握ってくれた。柔らかな手つきで自分のそれとは似ても似つかぬ黒髪をでて、薄桃色のくちびるを緩めてってくれた。


 優しかった、他の誰より。黒すぐりは衰弱しきった体で自分を産んですぐ死んだという、見も知らぬ母のことを想った。父も母より先に奴隷のこくに耐えきれず死に、少年は生け贄の少女の他に、優しいひとを知らなかった。


 ――しかし、時は残酷だった。今は半月、月がまんまるに夜空にかかると、それはもう儀式の夜の訪れだった。黒すぐりは嘆いたが、奴隷の身分の自分にはどうも出来ないと知っていた。


 ふたりで手に手をとって逃げようか? 言うはやすしで、ろくな食事も与えられていない自分と、水ばかりで生きている植物のような少女とが、逃げ出したところでろくに教会を離れぬうちに捕まって、少年は殺され、少女は改めて生け贄にされるのが分かりきっている。


 黒すぐりは、耐えられないと心底思った。時は無情にも過ぎていき、もう明日は満月……殺される白百合のさまを見るのは、自分にはとても耐えられない。


 ほとんど物も思わずに、黒すぐりは自分の舌を噛んでいた。歯で潰される痛みと共に、口の端から血が垂れた。そのあたたかい赤いものを、白百合はそっと口づけて舐めとった。思わず固まる黒すぐりを、白百合は物も言わずに押し倒した。


 教会の人間は、ふたりを全く軽んじていた。『生け贄を抱くと、魂がけがれ地獄に堕ちる』……その教えがあるからこそ、黒すぐりは白百合のそばでまるきり自由にふるまえた。監視の目もまるでなかった。


 明日の晩には少女の方が『聖なる刃』にずたずたにされて息絶える、そんな異様な運命の中、ふたりの影は教会のすみでひとつになった。


* * *


 翌朝目覚めて少年の見たのは、白百合でなくなった白百合だった。何もかも白かった人外の少女は、闇夜で染め抜いたような素晴らしい黒髪になっていた。


 その瞳は水に一滴、墨汁をそっと落としたごとく、淡い黒のしまのある美しい水晶を思わせた。


 何事か異変のにおいを嗅ぎつけたのか、教会の人間が何人も部屋に押し寄せて、驚愕の叫びを次々あげる。


「ああ! ああ! 白百合の髪が、白銀の髪が!!」

「黒くなっている、黒く醜く……! おのれ奴隷め、白百合と情を通じたか!!」

「これではもう生け贄として使えない、白百合は『穢れの身』となった!!」


 怒り狂った人間たちが、黒すぐりに襲いかかる。殴られ蹴られ、口から血を噴く恋人を目の当たりに、白百合の姿が黒く花咲くように変わってゆく。


 黒い髪が生き物のように伸びに伸び、巨大なコウモリさながらの黒い羽根が背中に生え、その頭に金色の角をいただいて、白百合は人間たちに伸びきった爪で襲いかかる。


 ――ずたずたに切り裂き、赤い肉片になるまで細切れに、温かい血に濡れて見るかげもなくなった白い部屋で、白百合は淡く微笑んだ。そうして、初めて口をきいた。


「わたしはくろ……今日から黒百合……」


 そう言いながら白百合は……いや、黒百合はあっけにとられる少年に甘く優しく口づけて、細い体を白い手でさっと抱き上げる。窓のガラスを叩き破り、黒い翼で少年ごと、朝の青空に黒くくろく飛び立った。


 ――その後の行方は、誰も知らない。


* * *


 そうして目覚めると、そこは森の中だった。


 ……夢か、今のは。あんまりにも鮮やかな夢に、目覚めた現実の方が幻のような気がしてしまう。


 今のはどこか異世界の記憶の切れ端か、この世界の僕の頭が、眠りでそれを捕まえたのか……、


 そう思いながら、ふっとあることを思い出す。『この森の花はいろいろ悪さをするから、気をつけるように』と旅人の僕に釘を刺してくれた老人の言葉を。


 しかし、眠気を誘われたこの草地には、一輪の花もなかったはずだが……。


 そう思いつつ見回すと、眠ったそばの小高い丘の上……眠る前には気づかなかった白いものが、たおやかに風に揺れている。


 まるでいきなり生え出たような印象の白百合が、ふるるふるるとそよ風に身を震わせて……今さらみたいに、とろけるほどの甘い香りが風に乗って鼻をつく。


 陽ざしの加減か、天使のごとく白い花が……ほんの一瞬、月のない夜のビロードみたいな黒にも見えた。


(了)

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