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ものがたり物語

 とにかくね、めちゃめちゃ本好きだったのよ。本があればごはんもおやつの時間も忘れて、ページを黙々めくってるような子どもだったの。


 何でかしらね? まあ両親もえらいこと本好きだったし……父は古文の研究者、母は絵本作家だったし……本は売るほどにあったの、だからかしらね?


 でもまあ、ふだんから『問題児扱い』されてたわ。両親は「こりゃあ親に似たんだな」って苦笑い、緩く見守ってくれてたけど……幼稚園から『この子はめんどう見きれません』って突っ返されたわ、それでも読んでた、読み続けたわ。


 転機は十七の誕生日……あたしの誕生日は、あたしの両親の信じる宗教の『神様の誕生日』でもあったのよ。その日は朝早く教会に行って、帰ってからもお昼と夜中の十二時に、長いながいお祈りをしないといけないの。


 けどあたし、あいにくその時ことのほか面白い本に夢中だったの。お昼のお祈りはごはん前に両親と食卓でしたけれど、夜中の十二時はものの見事に忘れたの! だってその時、物語は佳境に入っていたんだもの!


 読み終わったら夜中の一時近くてね、その時()()と気づいたんだけど、もう物語の余韻に浸りまくってお祈りどころの騒ぎじゃなくて! そのままおざなりに歯を磨いて、ベッドにもぐり込んじゃったの!


 興奮してなかなか寝つけなかったんだけど、その内ようやくうとうとしてね……物語の主人公になった夢でも見るかと期待してたんだけど、夢に出てきたのは神様だったの。


 美しい女神さまはこうのたまったわ……『リリィ、あなたはもう少し敬虔にならねばいけません。そもそも聖典もひとつの物語であるのに、その聖典をなおざりに他の本に夢中になるのはどういうことでしょう?』


 あたし、何にも考えなしで思ったままを答えたの、「だって神様、世の中には聖典の他にも数え切れぬほど面白い物語がありますもの! 一生かかっても読み切れないほど、素晴らしい物語が気の遠くなる数ほどあたしを待ってるんですもの!」


 ――まあ女神さまの怒ったこと怒ったこと! 血の通ったお人形みたいに綺麗な顔が、悪魔みたいに歪んでね、声音も変わって雷みたいな声で言ったの、『ならばお前にありがたい呪いをかけてやろう!』って!


『お前には「世の中のあらゆる物語を読み終わるまで、死ねない呪い」をかけてやろう! 見た目も十七歳から変わらずに、「歳を取らぬ忌まわしい魔女」と蔑まれつつ、永遠に等しい時間――呪いを噛みしめ続けるが良い!』


 そう言って、女神は霧にまかれて消えたの。夢から覚めたらもう夜明けで、あたしは泣きながらっていたわ。


 何でって? もちろん心から嬉しくてよ! そうしてそれから、あたしの『本読みの魔女』としての生が始まったの。


 あたしは永くながく生きた。生きても生きても物語は水の湧くように世界じゅうから生まれてきてね……あたしは知らぬ間に『物語のある場所への転移』魔法も身につけて、もう何万年、見た目十七のこの姿で生きてるの。


 ありがたいことに、もう何も食べなくても飲まなくても、物語をエネルギーとして取り込めるような体になってね……『食べないで死ぬこと』を恐れずに、百時間でもぶっ続けで物語を読みあされるの! 神様としての寿命を使いきって、とうに滅びた女神さまに感謝してもしきれないわ!


 というかあたし自身が、もう物語しか必要としない……半分神様みたいな存在になってるのかもね。大好きな物語を読みあさるだけの、役に立たない神様だけど!


 そうね、今一番怖いのは……全宇宙から『知的生命体』が滅亡して、物語を紡ぐひともいなくなって、そのうち読む本が無くなって、あたしもその時消えちゃうことね!


* * *


 壮大なスケールの悩みを打ち明け、『呪われた本読み』はころころ笑う。


 ――いやいや、まいった! 僕自身もたいがいな本好きで、それこそ宇宙を股にかけて星々の本屋や図書館を巡ってるんだが、上には上がいるもんだ!


 火星の図書館で出逢った『本読みの神様』みたいなひとは、自分の出自を語り終えて微笑んだ。他の利用者の邪魔をしないよう配慮して、おしゃべりではなくテレパシーで伝えてくれた。


 神の能力ちからにこちらがついていけないのか、テレパシーで軽々語られ、頭の芯がしびしびじぃんとしびれている。


 感心しすぎて半分(あき)れて、僕はしみじみ十七の見た目の彼女を見つめる。……彼女の背後に、本の山がそびえている。


 巨大図書館の多数の蔵書が覆いかぶさるように、背に咲いたおおきな翼のように、火星の紙の良いにおいをぷんぷん香らせそびえていた。


 思わずその前にひざまずき、祈りを捧げたくなって、その代わりに僕はありたけの敬意を込めていかける。彼女はそのことに気づきもせず、再び手近な一冊の本へ手を伸ばす。


 夢中で読み始めるその顔は、もう本の中の物語しか追っていなくて……僕は黙って深く一礼し、静かにその場を後にした。


「――さあて! あんな風にはなれないけれど、僕も『いっぱしの本読み』を目指すかな!」


 図書館を後にして、近間の屋台で買ったスムージーをはしたなく音立ててすすり込む。火星ベリーのスムージーは、甘くてつんと酸っぱくて、渇いたのどをすっと爽やかに潤した。


 もう日暮れ時……沈みかかる太陽のまわりの()()が青く光を散乱し、異界みたいに美しかった。


(了)

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