↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/40

夢から花咲く物語

 本のしまいの物語を読み終えて、詩の女神(ミューズ)はゆっくり顔を上げる。


 ……目の前に、白いはずのほおを赤らめ、しずくのように汗をかき、せえせえ息をする夢魔の青年の姿がある。


「……わらわに、腹を立てるが良い。グラナード……」

「ど……どうして……?」

「わらわは、お前に『毒』を盛った。毒のような薬を盛った……お前は神になりかかっている、わらわのパートナーになりかかっている、意思に反して……」

「それは……どういう……」

「……わらわのしんりきをこめた手料理は、本来なら神が『恋仲の者』にだけふるまうべきもの。わらわはお前の気持ちも確かめず、勝手にお前の体を知らぬ間につくり変え、夢魔から神に近づけて……」


 がっと夢魔が躍りかかり、女神をその場に押し倒す。その長い牙で噛みつかれるか、罵倒されるか、それとも……覚悟して目を閉じる女神のほおに、ぽっと小さくあたたかいものが降りかかる。


 ――涙だった。

 あたたかく塩辛いしずくをこぼし、ぽたぽた女神のほおを濡らして、グラナードはまるでくしゃくしゃのっている。


「あなたは……そこまで……ボクのことを……」

「……お、怒ってはおらんのか?」

「怒る? 誰が! こんなボクを……親なしでけがれた霧から生まれたこの身、誘惑しても堕としても結局誰からもさげすまれ、疎まれて憎まれるこのボクを……そこまで愛してくれたあなたを……」


 ――愛しています。ボクも。

 かすれきった声でつぶやき、後はもう声にもならずすがりつくように口づけて。もう一度熱く口づけようとした刹那、女神はくしゃくしゃに泣き出しながら、震えながら打ち明ける。


「……グラナード……わらわを抱けば、お前は死ぬかもしれないのだ……」

「……しぬ?」

「わらわを抱けば、お前はもう今度こそ、芯から神として生まれ変わるか……それとも、夢魔の体と魂が、変化に耐えきれず消滅するか……!」


 わななくくちびるを、血濡れたような赤いくちびるで熱くふさいで……顔を上げた夢魔の青年は、泣きながら幸せそうに言いきった。


「あなたのパートナーになるなら、もしか死んでも本望ですよ……」


 後はもう何も言葉にならず、言葉らしい言葉は熱っぽい吐息にふさがれて、本棚の森と本の海の中、二つの影がひとつになった。……


* * *


 図書館めいた詩の女神(ミューズ)の神殿に朝が来た。


 窓の外から、はちみつめいた甘い日ざしが降りかかり……いつの間に神力で現したのか、白いダブルベッドの中に二人生まれたままの姿で、グラナードはすうすう寝息を立てている。


 その背中に、目に沁みるほど白い羽が花咲いて……イーリスは何度もなんどもまばたいて、それからしみじみ微笑んで、小さく愛しい名を呼ばう。


「……グラナード……グラナ……」

 初めて愛称で名を呼ばれ、ふっとまつ毛の長い目を開き、夢魔だった青年はがばっとその場に起き上がり、「わぁお」とおかしな歓声を上げる。


「すげぇ! ボクまだ生きてる! 神になったんだ! イーリスのパートナーになれたんだ! わぁお、新生グラナードふぅ~!」

「ばばば、馬鹿モノ! その状態で腰を振るな! ぶらぶらしてる! ぶらぶらしてる!」


 女神があわてて右手を振ると、見る間にグラナードのきゃしゃな体は白い衣に覆われて……もう全身で笑いながら、新たな神は思いきりパートナーに抱きついた。


「ありがとう、イーリス……」

 耳元でしみじみささやかれ、綺麗なまゆをひそめた女神が、ざんのようにいましめる。


「……誰もが祝福すると思うな。本当は以前から、みなお前を良くは言わなんだ。『身の程知らずに女神を誘惑し、怒りを買ってけんぞくにされた馬鹿もの』と……」

「うん、知ってる……『女神様のお優しいのにつけこんで、駄作をみやげに神殿に入りびたる罰当たり』って……」

「……きっと、それは神になっても変わらない。お前はおそらく、永くながく陰でそしられ、疎まれる……」

「――それでも良いよ。今までとそのへん何も変わらんし……」


 こともなげに言いきって、グラナードはまっすぐこちらの目を見て告げる。


「……ボクのそばには、女神がいるから」

「ばか」


 ぽっと甘く吐き捨てて、イーリスはにじみ出す虹の瞳を隠すみたいに、きゅうっときつく抱きしめ返す。


 ……みだらな夢など、もういらない。

 ありありと、ほの甘くほろ苦い現実を、これから二人で生きていく。


 誓って見つめる窓の外、開いたすきまから蜜の香りをふりまいて、虹色のが夢みたいに揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。