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ほおを紫に染めて

 全く表情のない子だった。

 熟れたブルーベリーを思わす青い肌、トルコ石のような水色の瞳……見つめた者が身震いするほど美しいのに、笑うことも泣くこともない。いつも完全な無表情。


 笑ってほしかった。同い年のクラスメイト、人外とのハーフの少年に、ぼくは笑ってほしかった。


 いつもひとりきり、後ろの席で休み時間は決まって文庫本とにらめっこ。朝から放課後まで『授業で指された時』以外はひと言も口をきかぬまま、部活は帰宅部、掃除を終えたらさっさと荷物をまとめてかばんを背負って去っていく……、


 そんな彼と、ぼくは友だちになりたかった。

「ねえ、何の本読んでるの?」から始まって「その本、俺も持ってるよ! 面白いよね!」続けざまに「一緒に昼メシ食って良い?」と強引に席をおっつけふたりで弁当を食べるようになり……、


「あー、それブラックベリーの『万華鏡』っ!? 俺その本大好き! 表題作が泣けるよなあ!」


 本心から叫んだとたん、ミシェルはふわっと微笑んだ。それから()()としたように、本から何からかばんに全部突っ込んで、あわただしく教室を出て行って……それっきり、休み時間が終わっても教室に戻っては来なかった。


 後から担任に訊ねると「ああ、急に気分が悪くなったから早退させてくださいって言ってたな。優秀で休みも少ないあいつが……珍しいな」と教えてくれた。


 ――分からない。ぼくが何か、気に()()()ことを言ったんだろうか? でもあの瞬間、ミシェルは確かにったのに!


 はっきり言ってそっから先の授業なんて、何も聞いてやしなかった。ぼくは他の友達に「何だあ? 今日はミシェルにふられたかあ?」なんてからかわれながら、ひさしぶりにみんなと一緒に昼ごはんを食べたけど、正直味なんて感じなかった。


 ぼくは放課後の部活(一応文芸部)も見事にサボり、うわの空で自分の家に帰りつき、部屋で何もせずぼーっとしていた。一時間ほど経ったころ、玄関のチャイムが二度鳴った。


 ……インターフォンに映るのは、青い肌をした少年だった。ぼくはびっくりして玄関のドアを壊さんばかりの勢いで押し開ける。ミシェルはかすかに目をそらし、消え入りそうな声音でつぶやく。


「……カール、こないだ君は、ここの住所を教えてくれたろ? 『良かったら遊びにおいで』って」

「うん……でも、まさかほんとに……」


 本当に来てくれるとは、思わなかった。その言葉を呑み込んで、ぼくはミシェルを中に誘った。


 ええと、何があったっけ……? 冷蔵庫で冷えていた水出しの紅茶にありあわせのクッキーをつけて、ぼくはそれをへと運ぶ。ベッドに腰かけ待っていてくれたミシェルは、ベッドサイドテーブルに置いたお茶をほんのひとくち飲んだ後、ためらいながら口を開いた。


「……見ての通り、僕はハーフだ。人外の父と、人間の母……父親に似て生まれた僕は、この通り見事な青肌だ……」


 ミシェルはちょっと言葉をきって、もうひとくちだけ紅茶を飲んで、飲んでから少しせき込んで、それから再び口を開く。


「……僕はこれでも、昔はけっこう表情豊かだったんだ。『小鳥みたいにおしゃべりする』って、父に笑われるくらい言葉数も多かった……」


 まばたいて話の続きを待つぼくに、ミシェルはほんのわずかに微笑んだ。泣き出しそうな、笑顔だった。


「……でも昔、幼稚園くらいの時、大笑いしてた時に仲の良い友だちがこう言ったんだ。『君ってば、ほっぺが赤くならないんだ! 代わりにむらさきになるんだね!』って……」


 何も聞けない、何も言えない。ただ黙り込んでひたすら続きを待つぼくに、ミシェルはトルコ石の瞳を何度も何度もまばたいた。その目は濡れて潤んでいた。


「……分かってたよ、分かってるんだ。その子はただ気づいたことを何の気なしに言っただけって。でも僕は、そこから色々考え出した。『僕はみんなと違うんだ』って。考えれば考えるほど、僕はだんだん笑えなくなって、だんだんしゃべれなくなって……」


 トルコ石の目が、青いまぶたにそっと隠れる。まぶたから再びのぞいた瞳は、うるうるに潤んで美しかった。


「――そのあげくが、今の僕だよ」


 ぼくは黙ってうなずいた。うなずいた後でそっとゆっくり首を振った。何度も何度も首を振って、それからきゅっとミシェルの両手を握りしめる。


 ――彼のほおにすっと鮮やかに紫がはしる。綺麗に青い肌を通して、中の赤い血が透けた色。ぼくはそのほおに手を触れて、まっすぐにトルコ石の目を見て心の底から口を開く。


「ぼくは、君の紫を綺麗だと思う。もっと見たいと、知りたいと……本当にそう、想うんだ……」


 口にしてから「これじゃあ愛の告白だ」と考えて、そこでようやく気がついた。どうしてここまで、彼と親しくしたかったのか。本当の気持ち、ぼくの奥底の本心に――。


 目の前のハーフの少年の、手に触れたほおが燃え立つように熱く熱い。磨かれたトルコ石の瞳がうるうる潤んで、透けるしずくがあふれ出す。


 ありがとう、と、つっかえながら、しゃくり上げながら、ミシェルは泣きながら笑いながら、確かにぼくにそう言った。


「ねえ、もっと素直に笑おう、もっと素直にしゃべろうよ……君と仲良くなりたいやつ、きっとクラスにもいっぱいいる……」


 深くふかくうなずいて、泣きながら笑うミシェルのほおが……朝露に濡れたどうみたいで、目にみるほど美しかった。


(了)

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