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目は口よりも物を言う

 文字通り『目に感情が現れる』……そういう種族の人外だった。


 興奮していれば目に輝く星がいくつも浮かんできらきらする。頭にくれば大きめの怒りマークがちかちかする。悲しかったら涙のマーク……、


 花も恥じらう十七歳、可愛らしいローズマリーは、そういう種族の人外だった。一応ぼくもじいちゃんが悪魔族で、人外の血がちょっと混じっているけれど、そんなのはそこらにごろごろしている。


 天使も悪魔もこの世界ではありふれた『空を飛べるのがちょっと便利』なだけの存在、珍しくもなんともない。だからぼくは普通に生きていられるけど、ローズマリーは人外の中でも希少な種族だったから、何かとしんどそうだった。


 何しろやたら感情的に接されるのだ。嬉しがらせを言う友だち、やたらからかってくる男子……みんなローズマリーの瞳が変わるのが見たいのだ、目にきらきらや涙マークが浮かぶのを、見てみて楽しみたいだけだ。


 ただぼくは、彼女につとめて普通に接した。ありきたりのあいさつや、何でもないような世間話……けれどぼくを見る彼女の瞳には、心なしか日に日にきらきらが増えてきた。


 ――気のせいだ。そんなのきっと気のせいだ、と思いつつ、ぼくはひそかな恋心を募らせていた。彼女の繊細な感情を、雑草の花を摘まずに眺めてでるようなその優しさを、ぼくは愛しく想っていた。


 そんなある日、ぼくと彼女は学校の裏で子猫を見つけた。捨て猫らしく、すぐ近くに『可愛がってください』と貼り紙された段ボール箱が転がっていた。


「……他にも二三匹いたんだろうか……その子たちは拾われたのか、自分でどこかに行っちゃったのか……」

「……どうする、ジャック? 空が暗いわ、もうじき雨が降りそうだし……ここに置いてはいけないわ」

「ん、大丈夫、おれが連れて帰るから! ……おれん、こないだ飼い猫が死んだばっかりなんだ。両親もえらく淋しがってたし、こいつ連れて帰ってもたぶん大丈夫……ローズマリーって名をつけて飼うさ、きみと見つけた記念にな!」


 そう言ってぼくが笑ったとたん、ローズマリーは弾かれたように立ち上がる。口もとを両手でぱっと押さえて、後をも見ずに駆け出した。ぼくは呆然とその背中を見送って、それから芯から後悔した。


 ――ああ、いくら可愛くても『猫なんかに同じ名前をつけるなんて』って、それで彼女は怒ったんだ。どうしよう、どうやっておわびすれば……考えた末に思いつき、翌日からぼくは毎日の昼食を抜きにして、親からもらう弁当代を貯め始めた。


 ぼくが昼食抜きを始めたその日から、ローズマリーは黒いサングラスをかけ始めた。月のない夜みたいに暗いガラスを通しては、彼女の感情は全く読めない。本当は校則違反なのだけど、彼女の目のことを知っている教師たちも、とがめようとはしなかった。


 それからきっかり三か月、ぼくは弁当代の化けた『おわびの品』を手に、放課後に近所のローズマリーの家を訪れた。ドアベルを鳴らすと他の家族は留守らしく、彼女が黙って玄関のドアを押し開けた。


 ……ローズマリーは相変わらず、真っ黒なサングラスをかけていた。


「……ジャック……」

「あ、あのさ! こないだごめん! 何か失礼なこと言って、嫌な気分にさせちゃって……猫さ、だいぶ大きくなった! 大丈夫、今は『ローズマリー』じゃなくて『マリー』ってだけ呼んでんだ! ああでも、ちょっと予想外があってさ……」


 ぼくは彼女の様子を見て、言いかけたことを言いやめる。ローズマリーは両の手を胸の前で組み合わせてもじもじさせて、何だか妙に落ち着かない。でもぼくはそれよりもっと落ち着かず、また早口でまくしたてる。


「で、でさ! こいつはこないだのおわびなんだ、受け取ってくれ、きっとごついグラサンよりは気に入るよ、本当のほんとう、マジな話!」


 そう言ってさし出した『おわびの品』を、ローズマリーは「開けて良い?」とささやいて、ぼくがうなずくとするするリボンをほどいていく。箱の中からのぞいたものに、彼女は声もなく口を開く。


 ――コンタクトレンズだ。ローズマリーみたいな種族専用、『感情の読めなくなるレンズ』……これをつければ目の中のきらきらも怒りマークも全てシャットアウトされ、目を見る相手にあらわな感情は伝わらない。


「……ど、どうしたの? こんな高価な……」

「いやいや、だからおわびだって! 気にしないで使ってよ、良かったら!」


 あえてお軽く笑い飛ばすと、ローズマリーは桃色のくちびるを震わせて、ちがうの、と小さくつぶやいた。


「違うの、ちがう……あのね、わたしたちの種族のあいだには……『飼い猫に好きなひとの名をつけると、両想いになる』って言い伝えが……」


 息が止まる、息がつまる。返事も出来ずにただただ彼女のガラス越しの目を見ると、ローズマリーは声もなく、黒いグラサンに手をかける。


 ――あらわになった美しい赤い瞳には、大きなおおきなハートマークが浮いていた。


「ローズマリー……」

「……わたし、前からあなたのことが……優しいあなたのことが好きで、何とか目に出ないように努力し続けていたんだけど……あのとき、子猫に名づけるって聞いて、もうどうしても感情を抑えられなくなって……」


 ――ああ。それで、ローズマリーはあくる日からいきなりグラサンを……!


 ぼくは大きく息を吸う。深く長く息を吐き出し、ぼく史上最高の『爽やかな笑顔』を浮かべようと思いっきり努力する。


「……使ってよ。愛用してよ、そのコンタクト……でも、でも今は……」


 ぼくはいったん言葉をきって、汗ばんだ指で彼女の肩に手をかける。


「――もっとよく見せて。その目の中のハートマーク……」


 彼女の耳もとでささやいて、赤いあかい瞳の真ん中、その奥のおくの方までも、のぞき込んで、それからそっと触れるばかりのキスをした。


 ……それからぼくらは、その日を境につき合い始めた。ローズマリーはグラサンをはずし、コンタクトをつけて通学するようになった。


 みんなは初めは『感情の読めなくなった』ローズマリーのことを残念がったが、そのうち自分たちの子どもっぽかったふるまいに気がついて、あやまる者もあり、申し訳なさそうに笑う者もあり……ごくごく普通の友だちとして、彼女と触れ合うようになった。


「不思議ね……このコンタクトを通して見ると、空もお花も夜の星も、今までよりずっと綺麗に想えるの! 恋の魔法なのかしら?」


 ローズマリーは照れもせずそう言ってうけど、もちろんふたりきりの時にはコンタクトをはずし、日に日に大きくなっていくハートマークを至近距離で見せてくれる。


 ぼくはやたらと目が良いから、コンタクトも何もつけていないけど、彼女とつき合うようになってから何もかもが輝き出した。空も花も夜の星も、ふたりで見ると冗談みたいに綺麗に見えて、魔法が一生続くようにと、心秘かに願っている。


 ――ちなみに子猫のマリーは、何ともたくましくふてぶてしい……『立派な()()猫』に成長した。


「おいマリー、おまたのシンボル丸出しでへそ天で寝てるなよ……ローズマリーが来てるんだぞ?」


 ぼくがそう言ってたしなめると、マリーは『何だよ』とか言いたげな顔をして、大口を開けてあくびする。思わず笑うコンタクトをはずしたローズマリーの瞳に、ハートマークが輝いていた。


(了)

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