未来人、タイムマシンに乗って『過去の読書家』に電子書籍を売りつけに行く
絶対気に入る! 絶対高値で買ってくれる! 金貨ざくざく、俺ウハウハ!
なんて小声で歌うようにつぶやきつつ、未来人はタイムマシンに乗り込んだ。空間と時が糸を引いて流れてゆくあわいの中で、上機嫌で考える。
我ながら良い考えだ、なんせ相手は1722年の読書家だからな! 500年も未来の2222年から来た俺のさし出すタブレット、こいつに食いつかないワケがねぇ!
それにしたって、この『ひとりプロジェクト』にはなかなかの金がかかっているからなあ! 有名研究所からのタイムマシンの借り賃に、最上級のサービス『永久に読み放題』がほどこされたタブレット! でもコイツを売りつければ、引き換えに金貨がザクザクだ! 元が取れるどころか、一大資産家になれるぜえ!
なんて考えてにやにや笑いをするうちに、もうタイムマシンは空間と時のあわいを超え、1722年についていた。
――銀色の流線型のマシンから一歩外に出れば、そこはもう『読書家の屋敷』のど真ん前。ちょうど庭を散歩していた屋敷の主に招かれて、未来人は首尾よく屋敷の中に。さっそくタブレットを手に、怒涛のセールストークをくり出す。
「ご主人、あなたはこれを何かご存じ? わっかるかなあ、わっかんねえだろうなあ! これはね、500年先の未来からやって来た『魔法の書』なんですよ!」
「……魔法の書? この平べったい板がかね、きみ?」
「そうですそうです! この平べったい板一枚に、古今東西『初めの本』から『500年未来の本』までが全て詰まっているんですよ! さあさあ、このボタンを押して……気になる本があったら指で押してみてくださいな! ね! ぱっと画面に表示されたでしょ! これで読めるんですよ、全部! 古今東西、今まで出版された本が全て!」
1722年の読書家は、難しい顔でタブレットをいじり回している。そのひたいに浮き出したしわに気づきもせずに、未来人は笑顔全開でまくしたてる。
「大丈夫、これは永久電池を使ってますから、時間が経って使えなくなる心配もなし! 欲しくなったでしょ、欲しくてたまらないはずだ! あ、お代はお気持ちでけっこうですよ? でもまああなたにとっては必須アイテムでしょうから、まさか金貨の二三枚で済ませようとはお思いにならないでしょうけど……、」
「帰れ」
「――……え?」
「帰れ、今すぐ未来に帰れ! こんなん愛書家を馬鹿にしきっとる! 何じゃこれは、この安っぽい一枚板は!? 愛書家はー! 本のにおいをー! 装丁をー! ぱらぱらページをめくるその感触を全て愛しとるのにー!! これにはその全てがなーい!!」
「わわわ、分かりましたよ、だからその金属の杖を振り回さないで……ぎゃーおじいちゃんご乱心ー!! おたすけー!!」
ひたいに青く血管を浮かして暴れまわるご老人、必死の思いで逃げ出してタイムマシンに乗り込んだ未来人は、とんでもないことに気がついた。
「――ああ! やべえ、あんまり焦ったからタブレット置いてきちまった! でもなあ、あんな勢いで怒り散らしてたから、取りに戻ったら百発百中殺されるぞ! あーもう、一括払いで『永久読み放題サービス』なんて受けなきゃ良かった!! あれ解約不可なんだよー!!」
空間と時のあわいの中で身もだえる、大損こいた未来人……いっぽうそのころ、1722年の愛書家は『本の詰まった一枚板』を指でこねくり回していた。
「ほうほう、さっきはああ言ったが、なかなか使えるものじゃあないか……文字も大きく出来るのか、老眼のわしにはありがたいのう。いやいや、さっきは悪いことをした。もう一度やつが戻ってきたら、おわびも込めて金貨の10万枚もくれてやろうぞ!!」
言いながら老人はいったん手をとめ、少し考えてにやつきながら指を動かす。あまりにもあまりになタイトルの官能小説を検索しだす老人を、意思のないはずの本棚の数ある本たちが、何となく不満げに静かに取り囲んでいた。
(了)




