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ジュジュカランカの神様に

『神様にお願いしに行く旅』も、もう今年で五年目だ。


 獣人のパニエと、人間のフーガは目的を同じとしたカップル。ふたりが出逢って六年目、一緒に旅を始めて五年目……まだ『ジュジュカランカの神様のしょ』は見つからない。


「だいぶ無理めな目的だよな、『何でも願いを叶えてくれる神様』を見つけるっつーのは……」

「あっちこっち移動するってうわさだからねー。神殿がエーテル体みたいなもので出来てて、下手すると一日で十万キロ移動しちゃうって話もあるし」

「……徒労じゃね? 俺らの旅」


 フーガがぽつりとつぶやくと、パニエは犬耳をぴこぴこさせて笑い飛ばす。


「あっはー! 旅して五年目で言うって今さら! もう引き返せないでしょ、あたしたち!」


 からから笑って犬のしっぽをぶんぶん振り回す恋人に、人間のフーガも苦笑いしてうなずいた。


「……そうだな、こうなりゃ行けるとこまで行ってみるか……」

「あっはー、もしジュジュカランカの神様に逢えても、願いを叶えてもらえるかどうかは未知数だけどね! 神様は『心の清い者の純な願いしか叶えてくれない』って話だし!」

「いつも思うけど、それ『何でも叶えてくれる』ってうわさとじゅんしてねえ?」

「やはは、そりゃあしょうがないよ! だって例えば世界征服とか、民族大虐殺とかゆー願いも叶えてくれたら世界むちゃくちゃになっちゃうじゃん!」

「自力でむちゃくちゃにしようとする奴は、ほっといても出てくるしなー……」


 ふー、とため息をつく恋人に、獣人の少女はすいとうの水をひとくち飲んで、それをそのまま手渡した。草原に腰かけての休憩中、受け取ったフーガが水を飲む。


「間接キス」

「……今さら何を」


 そう言いながらフーガがほおをほんのり赤くする。パニエは犬耳をたらんと垂らして、甘えるように問いかける。


「フーガはさ、神様に何をお願いするつもり?」

「……教えない。てゆうかパニエ、お前こそ何を願うつもりだ?」

「教えなーい。フーガが教えてくんないならこっちも絶対教えなーい」


 そう、ふたりはお互いの願いを知らないのだ。出逢って六年、旅して五年、付き合って五年半の恋人たちは、互いの願いをいまだに知らない。


 変な関係だな、と思いつつ、フーガは「よっ」と腰を上げた。


「……さ、そろそろ出発するか。日暮れまでには町に着かんと……」

「そーだね! のある旅かは分からんけど!」

「おいそーゆうことを言うなよ……ま、実際ラッキーを望むだけの旅だがな……」

「まあいつかは何とかなるでしょう! しゅっぱーつ!!」

「はは、いつも意味もなく元気だな……!」


 何やかんやとじゃれ合いながら、ふたりは再び旅に出た。


* * *


 ついに。ついに着いたのだ、神殿に。出逢えたのだ、神様に。


 旅に出てちょうど七年目の今日、数々の試練を乗り越えて、フーガとパニエは出逢えたのだ……ジュジュカランカの神様に。何でも願いを叶えてくれる神様に。


 ――『心の清い者の純な願い』しか、叶えてくれない神様に。


『願いは何だ……清い者ども、小さきふたりよ』


 全身白く光り輝く女神様にそう問われ、ふたりは泣きながら微笑んだ。自分たちは清いのだ。そうして純な願いなら、これから叶えてもらえるのだ。


「あたしを人間にしてください」

「俺を獣人にしてください」


 ――まるきり一時にそう言って、ふたりのが凍りつく。互いにたがいの顔を見合わせ、ぽかんと大きく口を開ける。


 叶ってしまう。叶ってしまえば、種族があべこべになるだけで、結局全ては同じことだ。人外で寿命の長い獣人と、比べて短命な人間と、どちらかが早く亡くなって、片方は長く淋しい想いをするだけ……。


 お互いの顔を見合わせて、くしゃくしゃの泣き顔になるふたりの前で、女神様は笑い出した。くすくすくすくす、おかしそうに笑い出した。


『――純だな! あまりにも純な願いだ、素晴らしい……久々だ、こんな心の清い者の純な願いは!』


 手放しでほめられ、ふたりの顔に絶望が浮かぶ。ああ、これじゃだめだ、何にもならない。獣人のパニエは人間に、人間のフーガは獣人になって、運命はちょっとあべこべになっただけで、結局何にも変わらない……!


 ジュジュカランカの神様は、笑いをやわい微笑みに変え、ふたりの頭にそっと優しく手を置いた。


『よしよし……お前たちの真の願いを叶えよう。獣人は獣人のまま、人間は人間のまま……人間の方の寿命を、獣人並みに長くしようぞ……』


 そう言って何かつぶやくと、ふたりの体にぽっと優しく灯がともり、その灯は人間のフーガの方により白く明るく輝いて、やがてふうっと消えていく。


 ……見た目も何も変わらないまま、ふたりは顔を見合わせる。その顔がみるみるうちにやわらいで、ふたりは抱き合って笑いながら泣き出した。


『おうおう、何とも見せつけること……それでは、末永く幸せにな……』


 女神様は母のようにも微笑んで、すうっと姿が白く薄く……まるでかすみが薄れるように、あっという間に神殿も神様もかき消えた。


 笑いやんで泣きやんで、ふたりは抱き合ったままで見つめ合う。

 嬉しいけれど、楽しいけれど……大きな目標を達成してしまった後の、虚脱感みたいなものがある。


「……どうしよっか、これから」


 獣人のパニエの問いかけに、フーガはううんと首をひねる。


 ……故郷に帰る? 帰って改めて結婚式でもあげようか? けれどこうして七年旅をして、日銭を稼ぎながら旅をしてきて、今さら戻るのも何だかしっくり……、


 首をひねった青年が、あっと何かを思いついた顔をした。荷物を持って立ち上がり、獣人の恋人へ手を伸べる。


「旅に出よう、ふたりで」

「――えぇえ? 何でまた?」

「お礼を言いに行くんだよ……ジュジュカランカの神様に!」


 ぽかんと口を開けたパニエが、じわじわと笑顔になっていく。くすぐったそうに笑いながら、パニエもぴょこりと立ち上がる。少しくすんだ荷物を肩に、はりきって軽くスキップした。


「――そうか、そうだね! あたしたちちゃんとお礼も言えないうちに、神様と別れちゃったんだもんね!」


 そうしてふたりは旅に出た。再びの旅が今度は何年続くのか、ジュジュカランカの神様に、はたして再び逢えるのか――それはまた別のお話ですよ。


* * *


 こうして、獣人のおばあちゃんはお話を終えた。秋の夜のベッドの中で、孫は犬耳をぴこぴこさせて訊ねてくる。


「ねぇばーちゃん……結局ふたりは神様にまた逢えた? お礼言えたの?」

「さあ、それはふたりにしか分からないねえ……」

「えー? ほんとは知ってるんでしょー? フーガとパニエって、おじーちゃんとおばーちゃんの名前だもん! 友達なんでしょ、おんなじ名前の!」


 小さな孫のかん違いに、パニエはちょっとしょぼついた目を見張り、それからくしゃっと微笑んだ。


「……さあさあ、ともかく今夜はもうおやすみ……明日はきっとじーちゃんが、続きを話してくれるからね……」

「えー? 今話してよ、今がいいー!!」


 ぶーぶー言っていた孫息子は、パニエが優しく毛布をかぶせて子守唄を歌ってやると、なし崩しに寝入ってしまった。音をさせぬよう気をつけて、すうっと部屋の扉が開く。


「……もう寝たかい? キッチンにお茶が入ったから、ふたりで夜のお茶会といこう……」


 小声でう老人には、犬耳も犬のしっぽもない。しわくちゃの笑顔はまぎれもなく、幸福に年老いたフーガのもので……、


 パニエも微笑ってうなずいて、そっとベッドを抜け出した。歳を重ねて少しぼさついた犬のしっぽが、幸せそうに小さくちいさく揺れている。


 あれは野生のオオカミか、満月に浮かれ出た獣人か……。遠くとおく向こうの方から、良い声の遠吠えが響いてきた。


(了)

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