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『生まれながらにゴースト』で作家の青年は『恐い話』がどういうものか分からない

 また担当編集からの無理難題……ぼくは()()()と盛大にため息をつき、古ぼけた机に大きく突っ伏す。


 ここは古いお屋敷の地下室、日の光とは無縁な部屋。もちろん上の階の騒音とも縁がない。


 可哀想に……今ごろぼくと同じお屋敷の住民は、人間どもに大挙して押し寄せられて「ぎゃー! 恐いー!!」とか「おぞましー!!」とか大騒ぎされ、内心『お前らの方がよっぽどおぞましいわ』とかため息をついているんだろう。


 まあしょうがない。昔々に造られた貴族のお屋敷、当の貴族が没落して打ち捨てられてからは魔物、化け物が多く住みつき、ほどなく『人外の楽園』に……。


 だがやがて人間が「不法占拠だ!」「あいつらは屋敷から追放だ!」とか騒ぎ出して、屋敷に住まわせてもらう交換条件で『リアルお化け屋敷』として場を提供することになって……、


 あげくの果てが、れっきとした魔物、化け物が昼間っから生あくびを噛み殺し、拝観料を払って押し寄せる人間どもを恐がらせては喜ばすはめに……はああ、まったく、この世には神も仏もないものか……!


 でもまあ、ぼくはまだ良い方だ。人間にしたら見た目が美青年のぼくは、『これじゃあ見世物としては凄みがきかない』という理由で雑用係を命じられ、パンフレットの謳い文句を書いているうちに「あれ? こいつなかなか文才あるじゃん!」と認められ、とんとん拍子で人間社会で作家になった。


 おかげでぼくは屋敷の地下に『仕事場』を構え、の騒ぎとは無関係に紙にペンを走らせて、物語なんぞ書いていられる。


 でもまあ、何事にも『百パーセント幸せな状態』なんてのはないわけで……ぼくは今、『担当からの無理難題』にめちゃくちゃ頭を悩ましている。


「先生! 次の新作はぜひにホラーでいきましょう!!」ってこいつ……どんだけぼくを苦しめれば気が済むのか……!!


 いや、だって無理っしょ? ぼくはね、生まれながらのゴーストですよ? 今までのジンセイ、一度たりとも人間だったことはない!! 生きてたことがないのに幽霊ってなんか矛盾してるけど、とにかくぼくはそういう存在!! 怪異一直線、魔物も化け物も家族や親戚、友人なんです!!


 だからね? 例えばガイコツ男が骨をかしゃかしゃ言わせながら歩いたり、魔女が毒草たっぷりの青緑色のスムージーを「健康に良い!」って一気飲みしたり、ゾンビがまるっきり腐れ落ちて溶けないように、内臓を取り出して月イチで生理食塩水で洗ったりしててもそれはぼくにとっては日常! 恐いと思わないものを、どうおぞましく書きゃあ良いってんですか!?


 ――と、言えないのが駆け出しの作家の弱いところ……ぼくは首がもげ落ちそうなほど頭をひねって考える。ホラー? 恐い話? つまりぼくにとっての『恐いもの』『おぞましいもの』を書けば良いのか?


「――あああ! そうかあ!!」

 ぽんと湧き出たアイデアに、ぼくはペンを手に原稿用紙にむしゃぶりついて、恐ろしい勢いで書き始めた。


* * *


「ボツですね」

「えええ!? どうしてですか!?」


 書き上げたホラー原稿を手に、ざっくり目を通した担当にそう言われ……ぼくは当然食い下がる。人間の青年は不快そうに眉をひそめて、吐き捨てるようにこう言った。


「どうもね、あてつけがましいというか……これ、どう考えても人間社会では受けませんよ」

「どうしてですか!? ぼくら魔物や化け物を見世物にしてはおぞましがり、そのくせ喜んで快楽の種にし……家畜を飼っては食い散らし、我が物顔で環境破壊! あげくの果てにおぞましい兵器を山とこしらえ、人間どうしで殺し合い! どう考えてもこいつはホラーじゃないですか!!」

「あのねえ、先生……」


 大きく深くため息をつき、半分自分にも嫌気のさしたようなで、担当はぽつりとつぶやいた。


「僕も、人間なんですよ」


 そうして原稿を置き去りに、担当の人間はぼくの仕事場を去っていく。どうにもこうにもあきらめのつかないぼくは原稿の束を手に、夕暮れで閉館を迎えた上の階へと目を向けた。


 ――そうだ。人間には受けないならば、ぼくの友人、魔物や化け物に読んでもらおう! 幸いにここ最近、ぼくは人外の出版社にも声をかけてもらっている! 捨てるヒトあれば拾う魔ありだ!!


 ……かくして、読みは大当たり。ぼくは見る間に人外界で『大型ホラー新人』としてデビューした。


『おぞましい人間社会の闇をえぐる! こいつはホラーだ、間違いねぇ!!』と書かれた帯の本を手に、人間の担当はつき後にぼくの仕事場を訪れた。


「やあ、実は人外の知り合いに『先生のサインもらってきて!!』と恐ろしいまでの熱意で頼まれまして……」


 負けを認めたようなの担当は、どこかいまだに腑に落ちないように眉根を寄せて、ぼくが本にサインするのを見つめていた。


「ありがとうございました……では……」


 いつになくおとなしい様子の担当に、ぼくはって手を振った。


「やあ、あなたには感謝しかないよ……何といってもぼくがホラーを書くきっかけは、君が作ってくれたんだから!」


 心の底からそう言うと、担当は苦い果物でも食ったみたいな笑顔になった。


 担当がおじぎして地下室の扉を開けて出てゆく。まだ昼ひなかの上階から、人間どもの「ぎゃー! 恐いー!!」「おぞましー!!」という喜んだ悲鳴が聴こえてくる。


 はは、お前らの方がよっぽどおぞましいよ!


 ぼくは内心でったけれど、まだ人間の担当の背中がそこにいたから、声にするのを我慢した。


 薄暗い部屋のろうそくの火が、一緒に笑ってくれるみたいに、ひらひらと赤く揺れていた。


(了)

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