夢のかけらの美味しいところ
本棚の森、本の海。
図書館じみた空間で、詩の女神はひとり詩作にふけっている。ふわふわにカーブした金色の髪、オパールめいてちらちらきらめく虹色の瞳……奇跡のように美しい存在は、熱心に羊皮紙に文字を書きつけている。
――と、いきなり鼻先にふうわり薔薇の香りがただよい、花咲くように目の前に綺麗な生き物が現れる。
赤毛の長髪の美青年、半裸をじゃらじゃらとクサリや宝石で彩って、腰から下はぬらりと闇色のスキニージーンズ……、
「やあやあ、詩の女神アルコ・イーリス様! あなたの眷属、グラナードがまかり出ました! ご機嫌よろしゅう、イーリス様~!」
青年は女神の前で腰をくねらせ、くねくね卑猥に踊り回る。はあと息をつき手をとめて、女神はくるくる手をふった。
「止めろやめろ、その踊りは……いかな夢魔とはいえ、出会い頭にそのいやらしいダンスをかますのは、あんまり品がよろしくないぞ?」
「いやいや、こちとら腐っても夢魔! 夢の中でいろんな生き物を誘惑して精気を吸い取るのが生業ですから、こりゃあ言うたら商売道具! 歌って踊らにゃ損ですよ!」
「……誘惑したいのか? このわらわを」
「う……いや……」
イーリスにぽつり訊ねられ、夢魔は白いほおに急にぽおっと血をのぼせ、腰を振るのをやめてしまう。見るからにいきなりしどろもどろに、骨ばった細い両の手をひらり広げて、その手の中に魔法みたいに本の束が現れる。
「……また持ってきましたよ、自作の『おはなし』を、夢をこさえる要領で……」
「おう、ご苦労ごくろう! お前も大変だな、夢魔なのに毎日『物語』をこさえてこのわらわに献上するとは……」
「って、あんたが無理やりさせてんでしょーがっ!」
ふふんと余裕を見せて微笑ってみせる詩の女神に、夢魔がきゅうっとくちびるをとがらして、ちょっと悔しげにうつむき加減の上目づかい。
……一段高い書き物机からさっと舞い降り、イーリスはひらひらと白い衣のすそをひらめかせ、夢魔の青年から本を何冊も受け取った。ぺらぺらページを軽くめくり、味見するように文字にさらさら指をすべらす。
「ほう、今回もまたさまざまなジャンルの短編がそろっておるようじゃな……いろいろな風味の短い話がいくつもあるのは、食べていて楽しくて良いものじゃ……」
「……そうおっしゃるのが分かってるから、いつもわざわざ短編をこさえてくるんですからね?」
「うむ、良く分かっておるな! さすがはわらわの眷属じゃ!」
「……あなた様の『物語を味わうおなか』を満たしに来てやってんですから、ボクにも後で何か美味しいもんくださいよ」
「うむ! 何がよいかの? 軽く甘物とお茶など出すか、それともブランチ代わりの軽食か? ああそうだ、ゆうべの残りのシチューがあるから、軽く焼いてちぎったパンの上にあっため直したシチューをかけて、チーズをかけてトースターで焼き目をつけて……」
「まあそれも良いですけど! まずは『おはなし』を食べてください……これでも気合入れて、一生懸命書いたんですから……」
くるくる巻き毛の燃え立つような赤毛を揺らし、柘榴石みたいな真紅の瞳に照れをにじませ、夢魔の青年が口ごもりながら本をすすめる。ちょっぴり目を見張った女神が、何だか少し嬉しそうにはにかんだ。
「……お前は時おり、夢魔であることを疑いたくなるような、少年みたいな表情をするな……」
イーリスは『まんざらでもない』と言いたげな顔をして、見るからに美味しそうなオードブルに手をつけるように、ひらりと最初のページをめくる。本の一番最初には、こんなタイトルが書かれていた……、
――『夏には逢えない』。




