夏には逢えない
「ああ、はやく夏が終わらないかな!」
これがミカエルの夏の時期の口ぐせだ。それを聞くたび、パパとママはあわてて彼の言葉をさえぎる。
「めったなことを言うもんじゃない……! この国の人々は、白夜の時期を一年で何より楽しみにしてるんだから!」
そう、ここは北極に近い国、フィンランドの北の方……『ラップランド』と呼ばれる地域だ。今はまだ七月の始まったばかり、一日じゅう日の沈まない『白夜』をみんなが楽しんでいる。
カフェにも公園にも、屋外にテラスが設置され、大人はお酒を飲んだり、子どもは公園で砂遊びをしたり、中にはダンスをする人も……五月の終わりから八月の初めまで、長いながい冬を忘れて、人々は明るい夏を楽しむ。
その中でぽつんと、ミカエルは夏の終わりを待っている。おそらくこのラップランドの中には、少数ながらそういう人もいるのだろう。なぜなら……、
「だってパパ! 夏のあいだは、白夜のあいだはソフィアに逢えないんだもん!」
「白夜が終わったら逢えるだろう? いいから今は夏を楽しめ、ミカエル」
くしゃくしゃと金髪の頭を撫でられて、ミカエルは納得のいかない顔でうなずいた。ニシンの酢漬けをほおばりながら、またぷつぷつとつぶやいている。
「ソフィア、お腹すかしてるだろうなあ……ねえ、パパ! ぼくね、夏が終わったら、ソフィアにめいっぱいご飯あげるんだ!」
「……気絶するぞ、また」
「大丈夫、ソフィアは加減してくれてるから! 死にゃあしないよ!」
あどけなく笑う幼い息子に、ママはしみじみため息をつく。
「将来苦労するわね、この子……」
「……しょうがない。愛する相手と肌の色が違うとか、話す言葉が違うとか、この世界でいろんな人が今まで体験してきたことだ……」
パパは半ばあきらめたようにつぶやいて、ぐりぐりと息子の頭を撫でる。まだ何も知らないミカエルが「わあ、パパ! 髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃうよ!」とはしゃいで自分の金髪の頭に手をやった。
――そのころ、ソフィアは深い眠りについていた。
日光に弱い幼い吸血鬼の少女は、薄く赤黒い思考の中で、愛しいミカエルの夢を見ていた。
(了)