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北へ

北日本、日本民主連邦共和国。美優が利根川を越え、悠斗と「境界の絆」の同志たちに救われた夜から一夜が明けた。彼女は冷たい川の水に浸かったせいで体が震え、熱を帯びていた。悠斗は実際には宇都宮ではなく、首都である仙台に住んでいた。祖父の家が宇都宮にあるため、そこでラジオを使っていたに過ぎなかった。美優を安全な場所へ移すため、悠斗と団体は彼女を仙台へと連れて行く計画を立てた。


朝早く、利根川近くの隠れ家からトラックで港町へ移動した一行は、フェリーに乗り込んだ。仙台へ向かう船は、北日本の豊かな海を渡る市民や物資で賑わっていた。美優は毛布にくるまり、船室のベンチに座っていたが、冷たい川の影響が体を襲っていた。彼女は顔を青ざめさせ、腹を押さえて呟いた。「お腹が…」


悠斗が心配そうに声をかけた。「大丈夫?トイレ、そっちだよ。」


美優は頷き、よろめきながら船室のトイレに駆け込んだ。狭い個室でズボンを下ろし、便器に腰を下ろすと、すぐに下痢が始まった。水っぽい音が響き、腹が締め付けられる痛みに顔を歪めた。「うっ…冷たい水のせいだ…。」彼女は額に汗を浮かべながら、何度も腹を下し、トイレにこもった。


外で待つ悠斗がドアを軽く叩いた。「美優、大丈夫?水持ってくるよ。」


「う、うん…ちょっと待って…。」美優は恥ずかしさに顔を赤らめながらも、なんとか体を整え、トイレから出てきた。悠斗が渡した水を飲み、彼女は少し落ち着いた。「ごめん…情けないね。」


悠斗は笑って首を振った。「何だよ、命がけで脱南したんだから、これくらい平気だよ。ゆっくり休んで。」


フェリーは波を切り、仙台へと向かった。


数時間後、船は仙台港に到着。美優はまだ体が重かったが、悠斗に支えられて電車に乗り換えた。北日本の電車は南の灰色のSLとは違い、清潔で窓から緑が見えた。美優は初めて見る自由な風景に目を奪われた。「これが…北か…。」


悠斗は隣で頷いた。「仙台に着いたら、安全な場所に連れてくよ。もう追手は来ないから。」


電車が仙台駅に着くと、悠斗は美優の手を引き、駅前の喧騒を抜けて街中へ向かった。目指すは外交省の建物——北日本の脱南者保護を担当する機関が入る灰色のビルだ。美優は疲れた足を引きずりながらついて行き、不思議そうに尋ねた。「外交省って…何するところ?」


「脱南した人を正式に受け入れる場所だよ。君を北の市民として登録する手続きが必要なんだ。」悠斗は真剣な顔で答えた。


ビルの入り口に着くと、悠斗が受付に声をかけ、奥の部屋に通された。そこには、いかつい男が待っていた。背が高く、肩幅が広く、顔には無精ひげが生え、鋭い目が二人を捉えた。男は低い声で名乗った。「俺は佐藤鉄也。外交省の脱南者支援課だ。お前が佐藤美優か?」


美優は緊張で体を固くし、小さく頷いた。「は、はい…。」


鉄也はファイルを手に、淡々と続けた。「南から来たって報告は受けてる。昨夜、利根川で大変だったらしいな。体調はどうだ?」


「お腹壊したけど…なんとか…。」美優が恥ずかしそうに答えると、鉄也は小さく笑った。「生きてりゃいいさ。こっちで保護する。身元確認と登録を済ませれば、北の市民として暮らせる。だが、南の追手が諦めるまでは隠れてな。家族にも連絡は取れないぞ。」


美優の目に涙が浮かんだ。「両親…心配してるだろうな…。」


悠斗が彼女の手を握った。「いつか分かってもらえるよ。今は君が生きることを選んだんだから。」


鉄也が立ち上がり、二人を見下ろした。「手続きは明日だ。今日は休め。悠斗、お前が面倒見ろ。こいつは命懸けで来たんだからな。」


美優は悠斗と鉄也の顔を見比べ、初めての安堵を感じた。冷たい川を越えた先で、彼女の新しい人生が始まろうとしていた。

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