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決意の夜

北日本、宇都宮。夕暮れが街を茜色に染める中、高橋悠斗はガレージの短波ラジオの前に座っていた。市民団体「境界の絆」の仲間たちと脱南計画を練り上げてから数日が経ち、彼の心は期待と緊張で張りつめていた。美優からの連絡を待ち続ける日々。彼女がいつ決行を決めるのか、その瞬間が近づいていることを感じていた。


その夜、ラジオからいつもの雑音が響き、微かな声が届いた。「悠斗、聞こえる?私、美優。」


悠斗は急いでマイクを手に取った。「聞こえるよ、美優。大丈夫?」


美優の声は少し震えていたが、決意に満ちていた。「うん、大丈夫。決めたよ。明日、脱南する。夜の貨物列車で取手まで行って、そこから利根川沿いの森を目指す。2時頃に国境に着くと思う。」


悠斗の心臓が跳ねた。「明日?本気だね。準備はできてる?」


「うん。水と食料、黒い服…全部揃えた。怖いけど、もう後戻りしない。」美優の声が一瞬途切れ、静かに続けた。「悠斗、そっちで待っててくれるよね?」


「当たり前だよ。」悠斗は力強く答えた。「こっちも準備する。絶対に迎えに行くから。」


美優は小さく息を吐き、囁くように言った。「ありがとう。じゃあ…明日ね。」


交信が終わり、悠斗はラジオを握り締めた。彼女の決意が現実となり、彼の役割が始まる瞬間だった。


夜が更ける頃、悠斗は祖父の家を出て、「境界の絆」の同志たちが集まる小さな倉庫に向かった。そこには、脱南者を支援してきた数人の大人たちが待っていた。リーダーの山田——元南日本の軍人で、北に亡命した過去を持つ男——が悠斗を迎えた。「どうだ、彼女から連絡は来たのか?」


悠斗は頷き、深呼吸して言った。「明日です。夜中の2時頃、利根川沿いの国境東側に着く予定。迎えをお願いします。」


山田は目を細め、仲間たちを見回した。「よし、準備はできてるな?」


他の同志たちが頷く中、悠斗は事前に設定していた合言葉を口にした。「ハリストスは目覚めた。」


それは、脱南者が本気で決行する意志を示す暗号だった。山田は静かに笑い、肩を叩いた。「いい合言葉だ。俺たちも本気で動く。車を用意して、国境近くの北側で待機する。鉄条網の隙間まで迎えに行ってやる。」


もう一人の同志、看護師の資格を持つ中年女性・佐々木が付け加えた。「怪我人が出るかもしれない。救急キットも持っていくよ。悠斗君、彼女に何か伝えておきたいことは?」


悠斗は少し考え、言った。「『僕がそこにいるよ』って伝えてください。彼女、怖がってると思うから。」


佐々木は優しく頷いた。「わかった。必ず伝える。」


その夜、団体は具体的な役割分担を決めた。山田が運転と国境での迎えを担当し、佐々木が応急処置の準備をする。悠斗は祖父の友人が所有するトラックに乗り込み、北側の待機地点——利根川を見下ろす小さな丘——に向かうことになった。トラックには偽装用の資材が積まれ、軍の検問を誤魔化す準備も整っていた。

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