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北日本、日本民主連邦共和国の宇都宮。14歳の高橋悠斗は、自転車を漕ぎながら街を眺めた。朝の空気は澄んでいて、街路樹の緑が朝陽に映える。道端には露店が並び、ソ連からの輸入品——缶詰や毛織物のコート——が市民の手に渡っていく。分断後の北日本は、ソ連の経済支援と技術投資を受け、非先軍政治を掲げる統一社会党の下で復興を遂げていた。軍事よりも民衆の生活を優先する政策と、社会主義市場経済が掛け合わさり、工場の煙突からは戦争の残響ではなく繁栄の息吹が上がる。商店には南から密輸された柑橘類さえ並び、子供たちが笑いながら走り回る。南の抑圧的な灰色とは対照的に、ここでは色と希望が息づいていた。


悠斗は祖父の家に帰ると、ガレージに置かれた短波ラジオの前に座った。彼は最近、ある市民団体に属していた。「境界の絆」と名乗るその組織は、南からの脱南者を支援し、国境を越えた人々を受け入れる活動を行っている。悠斗はそこで、南の現実や脱南の困難さを学び、密かに美優を助ける決意を固めていた。昨夜の交信で、彼女が国家秩序省の追跡を逃れたと聞き、胸を撫で下ろしたものの、彼女の脱南への意志が本物であることを感じていた。


夕暮れ時、悠斗はラジオのスイッチを入れ、美優の声を待った。廃墟からの微かな電波が届き、彼女の声が響く。「悠斗、聞こえる?昨日は危なかったけど、大丈夫だよ。」

「良かった、美優。こっちも準備進めてるよ。」悠斗は深呼吸し、団体で得た知識を伝えるために言葉を選んだ。「脱南の方法、教えるね。まず、国境は茨城と栃木の間にあって、南側は軍が24時間監視してる。でも、警備が薄くなる場所と時間帯があるんだ。」

美優の息遣いがラジオ越しに聞こえた。「どこ?いつ?」

「国境の東側、利根川沿いの森が狙い目だよ。夜中の2時から3時くらいは哨戒隊の交代時間で、監視が緩む。鉄条網の下に隙間がある場所もあるって、団体の人から聞いた。そこを抜ければ、北側に渡れる。」

美優は少し黙り、やがて言った。「わかった。でも、どうやってそこまで行くの?北千住から遠いよ。」

悠斗は地図を思い浮かべながら答えた。

「列車と徒歩だよ。夜の貨物列車に乗って、終点の取手まで行きそこから森に向かう。距離はあるけど、夜なら監視カメラも見えにくい。持っていくものは、最低限にしてね。水と食料、少しの服。あと、暗闇で目立たない黒い服がいい。身分証は絶対持たないで。捕まったら終わりだから。」


美優の声が震えた。「怖いけど…やるよ。悠斗がそっちで待っててくれるなら。」


「もちろん待ってる。」悠斗は力強く言った。「僕も北側から国境近くに行くよ。団体の人に頼んで、迎えの準備もする。絶対に会おうね。」


交信を終えた後、悠斗はガレージを出て、祖父に相談した。祖父はかつて南に住んでいたが、北への脱南を果たした過去を持つ。

「お前がそんな大事に首を突っ込むとはな…。」

祖父は渋い顔をしたが、目を細めて続けた。

「だが、助けたいなら本気でやれ。俺の友人に頼んで、国境近くで車を用意させる。」

悠斗は頷き、胸に熱いものがこみ上げた。北日本の繁栄は、ソ連の支援や社会主義市場経済だけでなく、こうした人々の絆で築かれているのだと実感した。美優を救うため、彼は市民団体の仲間と共に具体的な計画を練り始めた。


宇都宮の夜空に星が輝く中、悠斗はラジオを手に、再び美優との約束を心に刻んだ。彼女が境界を越えるその日を、信じて。

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