第二話④
4日後
私達は、屋上に通じる扉の前にいた。
時間になったら、私と社長が屋上に出ることになっている。例の噂では、「1人で」屋上に行かなければならないのだが、霊体である社長は1人にカウントされないはず。
私は心の中でカウントダウンを始めた。
(10……9……8……)
心臓の鼓動が速くなる
(3……2……1……)
ゼロ……とカウントするとともに、扉を開けた。私の目の前には、真っ赤な夕日に照らされた屋上が広がった。
(赤い……普段の夕焼けよりも赤い。 まるで血の色のよう……)
私は周囲の様子を窺いながら、歩みを進めた。社長も震えながら、私の後ろに隠れてついてきた。
(真黒さん達は、予定通り屋上に出て来てない)
私がそう思っていると、
「クス……、クス……、クス……」
私の目の前に、おどろおどろしい雰囲気を身に纏った赤い服の少女が現れた……
長い髪がかかっているため、顔がはっきりと見えない……
(お姉ちゃん、お姉ちゃんなの………?)
「はあぁぁぁ……」
そのとき、私の後にいた社長が全身に力をこめ始めた。
「はぁぁぁぁぁあ」
社長の全身の筋肉が肥大化した。元の「ヒョロヒョロのおじいさん」ではなく、「ムキムキ、マッチョのおじいさん」、そう「ムキマッチョG」に……。
(え、え!? まさか、まさか……、すごい必殺技とか撃つの? 撃っちゃうの? )
私がワクワクしていると、社長が構えて更に力を込めた。
ポンッ
御幣(お祓いで使う棒に紙がついているもの)が出て来た。
(え?)
社長は御幣を掴むと、赤い服の少女の頭をポカポカと叩き始めた。
「……たい、いた……いたい」
(え? え?)
「おまえぇ、何をするんだぁぁぁ!!!」
赤い服の少女が、この世のものとは思えない声で、そう叫んだ。
しかし、社長はそれを気にせず叩き続ける。
「いたい、いたい……、やめて、やめて……」
(え、筋肉の意味は…? マッチョの意味は…?)
私が呆然としていると、いつの間にか、赤い服の少女の恐ろしい雰囲気が消えていた。
(!!)
「お姉ちゃん、お姉ちゃんなの?」
私は声を上げていた。
「恭子………、恭子なの?」
少女が私に尋ねてきた。
「私、ずっと後悔してた…… あなたやお父さん、お母さんに何も言わずに先立ってしまったことを……」
少女がそう言うと、その頬を一筋の涙が流れた。
「あなたとも、もっと一緒に遊びたかった…… もっとたくさん話をしたかった……… 自分ばかりが不幸だと思って逃げてしまった…… 恭子、本当にごめんなさい。弱いお姉ちゃんで本当にごめんなさい……」
私は涙を流しながら、何度も首を振った。
「……そんなことない。お姉ちゃんは、家にいるとき、いつも笑顔だった。きっと、お父さんやお母さんに心配をかけたくなかったんだよね。強くなきゃできないよ、全然、弱くなんかない! 誰よりも優しいよ… 誰よりも強いよ…」
「恭子……、ありがとう…。 こうして、あなたと話せたことで楽になった気がする……」
「お姉ちゃん、私こそありがとう…… お姉ちゃんがいたから強くなれた、優しくなれた…… お姉ちゃん…… 私…… 今、この学校で先生をしてるんだよ」
「そっかぁ…、夢を叶えたんだね。おめでとう……」
私は涙で言葉が出なかった……。
「恭子、私のような生徒を救ってあげて…… あなたなら、それができるから………」
お姉ちゃんは、どんどん薄くなり消えかかっている。
「お姉ちゃん、行かないで…… 私にもっと色んなことを教えてよ………」
お姉ちゃんは、笑顔で手を振りながら消えていった。
私は子どものように泣きじゃくった……。社長は私をそばで見守ってくれていた。
バンッ
屋上の扉が開き、真黒さんと青木さんがやってきた。そして、海くんもそこにいた……。
「やっぱり、黒幕がいたか……」
真黒さんの視線の先には、禍々しい雰囲気の黒いガスの塊のようなものがあった。
「あ、あれは……?」
私は、やっと絞り出した声で尋ねた。
「あれは、『怨念』だったり、『憎悪』だったり……、負の感情の塊のようなものだ。あんたの『お姉ちゃん』は、あいつに利用されていたんだ」
真黒さんはそう言うと、「それ」に向かって走り出した。
「そ~れ」
真黒さんは、バレーボールのアンダーサーブの要領で、下から上に腕を振り上げ、その黒い塊を打った。
「それ」は、この世のものとは思えない叫び声を上げて、空高く飛んで行った……。「キラーンッ」という効果音が似合っていた。
(え、えぇ~、ぶ、物理攻撃なの……!?)
数日後
私は依頼料を支払うために、真黒探偵事務所を訪れた。
そこで、青木さんから色々と説明があった。
「お姉さんは、月の力を借りて誰かをあの赤い世界に呼び寄せようとしていたようです。異世界とか、平行世界とか言うんですかね…… 新月の日は、陰の力が増幅されるので誰かを呼び寄せやすかったんでしょう」
「だから、栄くんと琵偉くんのときは、『赤い服の少女』に会えなかったんですか?」
私が尋ねた。
「はい、海くんが屋上に行った日が、偶然にも新月だったため、あの空間につながってしまったんです。」
(あれ? でも………)
私は疑問を口にした。
「私が屋上に行った日は、新月ではないですよね? 新月は約1か月に1回のはず……」
「はい、あの日は満月です。満月は陽の力が溢れている日。あの空間とも繋がり易く、海くんを連れ戻せる可能性が高い日だったんです」
新月の日も満月の日も、ともに霊力が高まる日。だから、あの赤い世界とこちらの世界が繋がることができた。
新月の日は陰の力が強まる。だから、あちらに取り込まれ易くなる。
満月の日は陽の力が強まる。だから、こちらに戻ってき易くなる。
「真黒さんが、海くんからのメッセージで注目したのは、受信した日時だったんです。そこから、海くんが行方不明になったのが新月の日だと知り、満月の日なら連れ戻せる可能性が高いと考えたんです」
「だから、4日後に屋上に行くことにしたんですね」
「はい、あとは海くんを捜し出せるかが勝負でしたが、これも上手くいきました。」
「海くんは、どうやって見つけたんですか?」
「それは、ですね……、この子のおかげなんです。 おいで~、ブルー 」
青木さんがそういうと、クリームの毛色をしたフレンチ・ブルドッグが走ってきた。
「なんだぁ~、あかり。ジャ-キーの時間じゃねぇのかよ」
(しゃべった…… 犬がしゃべった!?)
「あ、この子も真黒さんの誓約霊なんです。 何か捜し出すことにかけては、超一流なんですよ~。その上、きゃわいい~し」
……
……
……
「それでは、何か困ったことがあったら、いつでもいらっしゃってください」
それから1週間後
「はい、じゃあ来週はテストだから、この週末はしっかり勉強するように。」
「えぇ~」
「はい、はい、ブーブー言わないの。じゃあ、挨拶して終わりましょう」
「起立、礼」
あれから、栄くんも、琵偉くんも、海くんも元気に学校に来ている。
「なんか最近の永後先生、前にも増して元気だよね~」
生徒たちの話し声が聞こえる。
それは、今の私には2人分のパワーがあるから…
『お姉ちゃん』が私の心の中にいるから…
だから、毎日もフルパワーで頑張れる!
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