第二話②
「ご、ご趣味は………?」
その老人は、頬を赤らめながら尋ねてきた。
私は、永後恭子。
この地域の中学校で教師をしている。
今日は、この怪しい「真黒探偵事務所」に相談にきたのだが、なぜかお見合いのような状況になっている……。
「………映画鑑賞です。」
「ほうほう、ワシも映画大好きなんです。気が合いますなぁ。では、好きな食べ物は?」
その瞬間、事務所のドアを開けて若い女性が入ってきた。
「ただいま~……って、駄目じゃないですか、社長! 事務所の方に来ないでくださいって、この間も言ったばかりじゃないですか……」
社長と呼ばれた老人は、頬を赤らめながら、霧のように消えていった……。
(え、え!? 何? あのお爺さん、消えちゃったんだけど……? )
「すみません、社長が大変失礼なことを……」
「あ、いえいえ、話をしていただけですので……大丈夫です。 私も約束の時間より早く来てしまったので、かえってすみませんでした……」
私がそう言ったとき、再び事務所のドアが開いた。
「拙者、真黒紅白でござる」
黒い探偵ハットをかぶり、細身の黒いスーツを身に纏った、昭和の大人気探偵ドラマのコスプレをしたような男だった。
「……すみません。今、真黒さんの中で『武士言葉』が流行っているようで……」
先ほどの女性、青木あかりさんがそう言った。
(え、何ここ……? あのお爺さんといい…… この明らかに探偵っていう格好をした男といい…… 本当に大丈夫なのかしら……?)
「またつまらぬものを切ってしまった……」
真黒さんはそうつぶやきながら、私に近づいてきた。
「では、ご用件をお聞かせください」
真黒さんがソファーに腰を下ろしたタイミングで、青木さんが尋ねた。
「はい、実は……、私が勤務している中学校で生徒の行方不明事件が起きまして……」
「行方不明事件ですか………?」
「はい、生徒のCくんが10日ほど前から行方不明になっていまして…… AくんとBくんも何らかの関係があると思うのですが、Cくんが行方不明になってから不登校になっているんです……」
「A、B、Cって、個人情報保護の観点から、匿名にされているんですか?」
青木さんが尋ねた。
「え?」
「え?」
「あなやっ」
お互いに驚いたあと、私は伝えた。
「本名です。」
「え!?」
「あなや!?」
「家井栄くん、大塀琵偉くん、田野海くんの3人です。」
私は、3人の名前を説明した。改めて考えてみると、「海」って書いて「しい」と読ませるのは、かなりキラキラ感があると感じた……。
「『海』って書いて『しい』……は、すごいですね……」
青木さんがそう言うと、
「ノンノンノン、歯と歯の間から息を強く吐き出して……『すぅぃー』」
先ほどの老人が急に現れて、そう言った。
「「すぅぃ~」」
青木さんと真黒さんが、「リピート・アフター・じい」をした。
私は、そのやりとりを無視しながら、話を続けた。
「彼らは、やんちゃなところはあるものの、授業や学校生活には真面目に取り組んでくれていました……。だから、海くんが家出をするとは考えられないんです。それに……」
「それに……?」
青木さんが尋ねた。
「それに、琵偉くんのお母さんが、言っていたんですが……」
「うちの息子が、『赤い服の少女が、海を連れていったんだ……』と譫言のように何度も言っている……と」
「赤い服の少女?」
青木さんが再び尋ねた。
「はい、私の勤務している中学校では、ある噂がありまして……」
「午後4時44分に、1人で屋上に行くと『赤い服を着た少女』がいるという……、そして、その少女と目があった生徒は、何人も行方不明になっているらしい……というものです」
「栄くんも、琵偉くんも、海くんも……本当に普通の中学生です。 私は、担任として彼らを救ってあげたいんです。」
真黒さんは、少し考えこんだ後、私に尋ねた。
「解せぬ。担任だからといって、生徒のためだけにここに来るのは違和感があるでござる。普通なら、学年主任や校長が来るであろう?」
(……流石だわ、名探偵といわれるだけのことはある。鋭いわね)
私は間をあけて、正直に打ち明けた。
「……実は、その『赤い服の少女』は、おそらく私の姉だと思うのです」
「「姉?」」
「はい、姉も私もあの中学校に通っていたんです……。 中学1年生のとき、姉はいじめにあい、校舎の屋上から飛び降り自ら命を絶ちました……… だから、私思うんです。姉が寂しさのあまり、海くんを連れていったのではないかと…… 私は姉を止めたいんです……」
私は涙を流しながら、今の自分が考えていることを彼らに伝えた。
「用件は分かったでござる……、しかし、俺は子どもの霊は対象外、依頼を受け付けてないんでござる。だから、………」
真黒さんが続けて何かを言おうとしたとき、それを遮り社長と呼ばれる老人がこう言った。
「紅白っち……、今回の件は、わしに任せてくれ」
社長はそう言うと、とても良い顔でグッドポーズをした。
それから、私にウィンクをしてきた。
真黒さんは何か考えたあと
「……確かに、今回の件は俺よりも『じじい』の方が適任かもしれないでござる……」
と、言った。
「じゃあ、それで決まりです。」
青木さんがそう言って、料金表を出してきた。
【料金表】
ちょっとだけコース 20000円
2、3日効果があるはず……
ふつうコース 50000円
ある程度、程よく成仏させます
しっかり、きっちりコース 100000円
何の未練もないように成仏させます
(えぇ~!? 『しっかり、きっちりコース』を選ぶしかないじゃない。『ある程度、程よく成仏』って、どういうこと?)
私は「しっかり、きっちりコース」を選んだ。
「それでは、現場に向かいましょう。」
青木さんがそう言い、私達は中学校に向かった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。