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異能を持たないはいから令嬢

 桜舞(おうぶ)帝国には、妖魔が存在する。

 妖魔は人々を襲い、恐怖へ陥れる忌避すべき存在だ。

 そんな妖魔を退治するのが異能者達。

 皇族、華族、士族の者達は異能を持っているのだ。

 攻撃系異能を持つ者は妖魔討伐の最前線へ向かう。精神系異能を持つ者も妖魔討伐最前線で、妖魔に幻覚を見せて弱らせる役割を果たす。防御系異能を持つ者は結界を張って妖魔の攻撃から異能を持たない国民を守る。

 異能を持つ者達はこうして桜舞帝国を守っているのだ。


 そして、攻撃系、精神系、防御系にも当てはまらない特殊な異能を持つ者もいる。

 補助異能。

 それは異能者の能力を上げる異能である。

 補助異能を持つ本人は何か出来るわけではない。しかし、その異能の力を他の異能を持つ者に注ぎ込むことで、他の異能を持つ者の力は格段に上がるのだ。

 例えば、攻撃系異能を持つ者に補助異能を持つ者が力を注げば、攻撃系異能が強化される上、防御異能まで使えるようになったりするのだ。

 補助異能を持つ者は最前線に向かうことはないが、妖魔討伐において縁の下の力持ちであった。


 伯爵位を持つ薬研(やげん)家は、補助異能を持つ者を多く輩出する家系の一つである。

 美琴(みこと)はそんな薬研家の末の娘として生まれたのだが、補助異能を全く使えない。異能者に補助異能を注ごうとしても、力が流れないのである。要するに、異能を持っていないのだ。

(まあ、得意不得意は人それぞれよね)

 しかし、美琴は補助異能を使えないことを全く気にしていなかった。

 薬研家自体、比較的おっとりと穏やかな家系なので、生まれた子が補助異能を使えなくても冷遇することはなかった。

 他の家ならば異能を持たないことは恥とされ、冷遇されたり中には虐待を受けたりしたかもしれない。

 異能を持たない美琴は薬研家に生まれることが出来て幸運だったと言える。



 長い髪を牡丹色のリボンで後ろに束ねて立ち上がる美琴。

 ふわふわとうねった色素の薄い茶色の髪、榛色の目。

 黒目黒髪の者が多い桜舞帝国では珍しいが、地域によっては美琴のように色素の薄い髪や目の者はいる。薬研家先代当主、美琴の祖父がそうだった。

 はっきりとした顔立ちで、和装よりも洋装が似合う十八歳の少女。

 今美琴が着ている服装も、若緑色のワンピースである。

 美琴はその上からレースのエプロンを着け、鼻歌混じりに厨房へ向かう。


「おや、美琴お嬢様、今日は何をお作りになるのです?」

「マドレーヌよ」

 厨房にいた女中からそう声をかけられた美琴は花が咲いたような笑みで答える。

「マドレーヌ……西洋のお菓子でございますね?」

「ええ、そうよ。洋菓子の作り方が載った本を読んでみたら、意外と簡単に作れそうだったの」

「美琴お嬢様は、はいからなものがお好きですね」


 洋装や洋菓子など、西洋のものを好む美琴は巷で『はいから令嬢』と呼ばれている。


「ええ。桜舞帝国にはない新しい素敵なものがどんどん外国から来ているのだもの。素敵なものは取り入れないと」

 美琴は口角を上げ、榛色の目を輝かせた。


 バター、蜂蜜、卵、砂糖、小麦粉、発泡粉 (ベーキングパウダーのこと)。美琴はこれらの材料を鼻歌混じりに手際良く混ぜる。

 美琴は洋菓子作りが趣味なのだ。

 生地が出来たら西洋から輸入した型に絞り入れ、窯で焼く。

 焼き上がるまで少し時間がある。美琴は薬研伯爵邸の自室に戻り、焼き上がるまで本を読むことにした。


昭夫(あきお)様、どうかなさいました?」

「ああ、静子(しずこ)。美琴のことでな」

 自室へ戻る途中、両親の話し声が聞こえたので美琴は立ち止まる。

(お父様とお母様……私がなんですって?)

「美琴も十八歳だ。そろそろ嫁入り先を見つけてやらねばならぬのだが……」

 美琴の父、昭夫はそこで口ごもる。

「確かに。でも美琴は異能を持っていませんから、他の華族や士族の家に嫁がせた場合……」

 美琴の母、静子も口ごもった。

「ああ……。異能を持たない者を蔑む家もあるから、美琴が酷い扱いを受けないかが心配だ……」

「いっそのこと、華族ではなく異能を持たない裕福な平民の元へ嫁がせた方がよろしいのでは?」

「うむ。それも良いかもしれん。貿易業を営む者など、色々と当たってみよう」

 昭夫はそう結論付けた。

(私の嫁入り……ね。結婚するだなんて、全然予想が出来ないわ。ずっと薬研家にいてはいけないのかしら? 新しくて素敵なものに興味はあるけれど、私を取り巻く環境が大きく変わることは嫌だわ)

 美琴は自分のことであるのに、どこか呑気だった。

 薬研家での心地良い生活を続けたいと思うのであった。


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